第64話『AHOU隊、再結成』

 鍵束を握りしめたジークはすぐに走り出した。
 
 今ここでハツを追いかけないと、一生後悔すると思うから。
 眠っている見張りの兵士から槍を借りると、慎重に通路へ出ていく。

「多分、ここは地下だから……どこかに上に行く階段があるはずだぞ。レイズとリズも助けないとだから忙しいな」

 角を曲がる前に人影がないか確かめながら進んでいると、薄暗い通路の奥に階段を見つけた。
 だが、階段の前には兵士が一人立っていた。制服からして、ガード部隊だろう。

 こちらに背を向けているが、油断はできない。
 
 ジークは、槍を使って追い払えないかと考えていたが、近接戦闘を得意とするガードを相手に、まともにやり合えるとは思えない。
 
 どうしようかと考えていると、足元に石の破片に混じって少し欠けた壺が落ちていた。
 ちょうど、人の頭が入るくらいのサイズだ。
 
 それにしても、地下牢は上の華やかさは全くなく、ゴミ捨て場と変わらないのだろうか。

「……これだ」

 いい事を思いついたジークはニヨンと笑い、槍を置くと壺に手を伸ばした。
 そーっと、そーっと……足音を立てないように後ろから兵士に近付くと、躊躇いなく頭に壺を振り下ろした。

 ガポッ!

「――!」

 予想外の奇襲に驚いた兵士は、驚きのあまり両手をバタバタと動かしている。
 勢いのままに兵士の頭に壺をかぶせたジークは、反撃される前に足払いをかけて転ばせた。

「――――――!」 

 起き上がった兵士は何か怒鳴っているが、声は壺の中で反響していた。

「え? よく聞こえないんだぞ?」

 ジークは真顔でそう返すと、頭にはまってしまった壺を取ろうともがく彼を置いて階段を上がろうとした。
 ……のだが、ちょうど交代の時間だったらしく、黒光りする鎧と鋭い剣を装備した熟練の兵士と鉢合わせしてしまった。

 おそらく、いくつもの戦いを潜り抜けた猛者なのだろう。
 普通の兵士とは闘気が違い、とてつもない威圧感が襲う。

「……」

 …………。
 
 ジークはしばらく男と見つめ合うと、真顔のままカクカクと不自然な足取りで後ずさり、角を曲がって逃げ出そうとしたが……当然、相手がそれを見逃してくれるわけもなかった。

 
 聞き覚えのある悲鳴が地下牢中に響き、この先の事を考えていたレイズは目を開けた。

「あん? なんだ、うるせぇな」
「ジークの声……?」
 
 同じく隣に座っているリズは、キョロキョロと辺りを見回す。
 
 二人が居るのは、ジークが捕まっていた牢屋から離れた貴族用の牢だ。
 幽閉刑を言い渡された二人は、時間が過ぎるのをひたすら待っていた。

「んなわけねぇだろ。いくらアイツでも脱走なんて出来るわけがねぇ」
「ん……」

 リズは隣の片割れをチラリと見ると、膝を抱えて黙り込んだ。
 レイズは、意識せず素っ気なく答えてしまった自分に苛立ち、短い赤髪をぐしゃりとかき上げた。

 リズの内面は幼く、きっと自分の運命をわかっていない。
 自分はともかく、あの子に待っているのは悲惨な未来だ。
 
 不死身の人間を生み出そうとしていたレオンドールが、癒しの魔力を持っているリズを見逃すはずがない。

 ジゼルさんと同じく、研究の為に協力させられてしまうだろう。
 いや、作り出された命である以上、人として扱われず死ぬまで実験に使われる。

 第一、あの男は死んだ母親ミリアムと彼女の魔力に惹かれていたらしい。
 だからミリアムと似た顔のリズを見て、すぐにあの子の正体に気付いたはずだ。

 癒しの魔力を家系に引き継がせる為、自分の子供と結婚させる事もありえる。
 
 そうなれば、リズはまた道具のように扱われてしまうだろう。
 レイズは、それだけは嫌だと首を振る。

「……シャオロン、死ぬ? ジークも死んじゃうの? リズはずっとこのまま?」

 小さな声でぽつりとこぼしたリズは、感情の読めない双眸を伏せ、口を引き結ぶ。
 無意識のうちに、左の横髪を束ねた青いリボンを指で触っていた。

「リズはもう、誰も殺したくない……でも、死ぬと会えないのはもっと嫌だ」

 今にも消え入りそうな声でそう続けたリズの腕には、魔力で出来た透明な氷の茨が巻き付いていた。
 
 魔力の制御がうまく出来ないリズは、精神が不安定になると防衛反応で茨を作ってしまう。
 自分の中の感情がわからないながらも、心は限界だと訴えていた。
 
「……ッ」

 レイズは片割れにかける言葉が見つからず、床を見つめたまま唇を噛んだ。
 ジークは死刑、亜人の王であるシャオロンはもっと惨い終わり方をするだろう。
 
 何も出来ずに仲間が死んでいくのを見たくはない。
 やはり、あの時止めておけばよかったという後悔と、死刑という現実が胸の中に重くのしかかる。

 家のことだってそうだ。
 二人が罪人になった事によりルーク家は四大貴族の資格を失い、レオンドール家へ従属する。
 これは、命令があれば何の仕事でもこなす人間の奴隷という事だ。

 覚悟していたが、家族を巻き込んでしまった事が辛い。
 けれど、今のレイズ自身が選んだ結果だと納得もしているし、ここで自分が動揺すればリズはもっと不安になってしまう。
 
 もう二度と、あの子の心を壊されたくなかった。

「大丈夫だ、仕事は俺がやる。お前はもう人殺しなんてしなくていい」
 
 だから、片割れの丸い頭をポンポン、と優しく撫で「大丈夫だ」と繰り返す。
 
「でも、ジークとシャオロンが…………」

 死の意味を知ったばかりのリズの表情は沈んでいた。
 
 せめて、どうにかしてリズだけは逃がしてやりたいと思いながら、レイズは不安と悲しみで潰れそうな片割れに言う。

「リズ、国に逆らうっていうのはこういう事なんだ。だからせめて女神へ祈ろう。アイツらが明日、安らかにその時を迎えられるようにな」

 そう言ったレイズが両手の指を組んだ瞬間、牢の外が騒がしくなった。
 何が起きているのかと顔を向けると……。

「だあぁぁ! しつこいんだぞ!!

 目の前を通路を見慣れたナニカが、トレードマークのマフラーを振り乱しながら全速力で走り抜けていった。
 
「……」
「…………」
 
 リズは無言でレイズを見た。
 レイズも見間違いかと思って眼鏡を外して目をこする。

 ところが、一度は二人の前を通り過ぎて行ったジークは、駆け足のまま戻って来た。
 あまりにもシュールな光景に二人は固まっている。

 すぐ後ろに追手が来ている事に気付いたジークは、持っていた鍵束を牢の中へ投げ入れ、世界の終わりみたいな顔を格子に押し付けて来た。

「二人とも、助けて欲しいんだぞ!」
 
「いや、お前それ逆だろ! こちとら捕まってんだよ!」

 どの口が言ってんだよ! とレイズは白目を剥いてつっこんだ。本当にそれである。

「だいたい、脱走して捕まらないとでも思ってんのかよ⁉」
「ジーク!」

 唐突なお説教タイムに入ってしまったレイズを置いて、リズは受け取った鍵束の中から牢の鍵を片っ端から試していた。

「開いた」
「うぉい! 出ていく気満々かよ!」

 レイズは誰もいない所にツッコミチョップを食らわせた。もはやコメディ劇場のような展開は続いていく。
 
「はぁはぁ、話は後だ! とりあえず匿ってくれよ!」

 追手の足音を聞いたジークは息を切らせ、顎に滴る汗を拭いながら牢の中に入って来た。
 まもなく、バタバタと足音が近付いて来る。
 
「こっちだ! こっちに入ったぞ!!
「手を上げろ!」

 元四大貴族の二人がいる牢屋の前で、口々に声を荒げる兵士達は逃亡した罪人に武器を向ける。
 
 確かに、あのジーク・リトルヴィレッジがここへ逃げ込んだのを見た……のだが、ここにはルーク家の子が一人いるだけだった。
 
「……何用ですか?」

 レイズは落ち着き払った表情で話しかけるが、明らかに不自然な大きさの何かに座っている。
 
 二人分のスペルの上着がかけられてよく見えないが、この牢には椅子なんてなかったはずだ。

「その椅子はなんだ? もう一人はどうした……?」
「さぁ? どうでしょうね」

 レイズは芝居がかった口調のまま目元に手をやり、ないはずの眼鏡のつるを直して小馬鹿にしたように笑う。
 
「このっ……! 元貴族だからってふざけた事を!」
「!」

 ついに苛立った兵士が怒りに任せて牢に入って来たのを見た瞬間――。
 レイズは立ち上がり、高らかに声を上げ、天井に向けて人差し指を立てた。

「今だ! 来い、リズ!!
「なっ、何⁉」

 咄嗟に天井を見上げる兵士。ルーク家の実力は誰もが知っており、辺りに緊張が走る。

 …………しかし、何も起こらなかった。

「……」 
 
 裸眼らがん・オブ・裸眼のレイズは、とてつもないドヤ顔で赤眼せきがんをキラキラと輝かせているが、元の視力はアホほど低い。

「君、眼鏡がないとホントにポンコツだな……」
 
 これには、椅子役として身を隠していたジークもつっこまずにはいられなかった。
 
 何とも言えない空気が漂う中、気を取り直して牢の外に隠れていたネクラーノンが突撃し、事を収めたのだった。

 説明しよう。普段大人しいリズは、眼鏡をかけるとハイテンション女神オタクのネクラーノンへと変身するのだ!
 
 今回は、彼の必殺技(笑)である『女神キック』と『女神パンチ』が炸裂したのだが、普通に背後からのぶん殴りなうえ、大した迫力もないので流しておく。

 あまりにもマヌケでアッサリとした脱出劇であった。

 気絶した兵士の手足をスペルの制服で縛って牢に閉じ込め、追って来られないようにした二人は、ジークから今までの話を聞くと顔を見合わせた。

「あ? じゃあ、クソ猿はやっぱりレオンドールの手先だったってわけか。どうりで作戦がうまくいきすぎてると思ったわ!」

小生しょうせい、まったく気が付きませんでしたぞ」

 裸眼で目つきが悪いレイズは舌打ちをし、ネクラーノンは驚きのあまり「ほわー」と謎の鳴き声を上げている。

「……で? お前はこのままどうする気なんだ? 地下水路から逃げるんだろ?」
「え? 何でだい?」
 
 さも当然のように尋ねたレイズに、ジークは半笑いの表情のまま首を傾げた。

「何でって、亜人の白ヘビは間違いなく殺されるし、クソ猿は裏切り者だった。とっくにもう詰んでんだよ」

 そう言ったレイズの言葉はいつもより投げやりだ。きっと、彼自身が諦めているのだろう。
 ジークは、マフラーの緩みを直すといつものように屈託なく笑う。

「ハツが俺達をだましていたのだとしても、全部が本心からじゃないはず。相手がどう思っているかなんて、話をしてみないとわからないだろ?」

 言いながら体操をしはじめ、深呼吸を終えると散歩に行くくらいの軽いノリで言い放った。
 
「まずはハツに会おう。そしてシャオロンを助けるんだ!」
 
「お前……マジで…………」

 うんざりだと頭を抱えたレイズは唸る。
 そうだ、ジークはこんな奴なのだ。いくら止めたって自分の思う正義を曲げることはしない。
 わかっていても、「はいそうですか!」とは言えない。

「さぁ、レイズ、リズ! さっさと行こう!」

 ジークは顔をパッと明るくし、二人に向けて両手を出した。
 
「俺は行かねぇ。どんな理由があれど罪の責任はとるべきだ」

 レイズは目元をギッときつくし即答した。
 ここで自分が逃げたりすればエリオの立場がもっと苦しくなってしまう。

 なにより、性根が真面目なレイズは自分が許せない。
 
「……ただ、リズだけは一緒に連れて行ってくれ。頼む」

 視線を落とし、精一杯の誠意を込めて大切な片割れをジークに託す。

「頼むって、君……」
 
「俺は覚悟してここにいる。けど、リズはここにいればまた道具として扱われる……それだけは我慢できねぇんだよ」

 そう話すレイズは、臆病じゃないが現実を知りすぎていた。
 そんな彼にジークは、じとっとした視線を向けて言う。

「君は、本当にクソ真面目だな! 頭かたすぎるぞ!」
「んだとコラァ!」
 
 思いもよらない彼の言葉に、レイズは燃える焔色の目を吊り上げる。

「リズと二人で逃げたとして、この状態のリズを誰が制御できるんだい? 女神の話ばっかりしてしんどすぎるぞ!」
 
 キッと眉を寄せたジークがそう言うと、今度はネクラーノンが眼鏡の位置を直しながら話し始める。

「そうですぞ! ジーク殿は奇行が目立つゆえ、小生も頭を抱えますぞ!」
 
 いや、お前に言われたくねぇ……。ジークは真顔でそう思ったが、我に返ると改めて頭の中にある疑問を口に出す。
 
「それよりレイズ、君は間違った事をしていないのに、どうして責任を取る必要があるんだい?」

「は? それは亜人に手を貸したから……」
 
 怪訝な表情で答えるレイズに、ジークは重ねて問いかける。

「それが間違っていることなのかい? 君は亜人の命を助ける為に協力したんだ。命は平等だよ」

 ジークは静かに微笑んでそう言うと、レイズに右拳を突き出した。

「誰がなんて言っても俺は自分が間違えていないと言える。信じたものを真っ直ぐ進むんだ!」

 恥ずかしげもなく堂々と話すジークを見ていたレイズは、その力強さに驚き、同時に羨ましいと顔を背けた。

「……お前、マジで馬鹿だろ……」
 
 ジークは躓いて転んでもすぐに立ち上がる。
 言葉とは裏腹に、レイズは彼の何があっても諦めない強さを見ていると、自分もそうでありたいと思えた。

「いいかい? もう一度聞くぞ。レイズ、君は自分が間違った事をしたと思うのかい?」

 ジークは繰り返し尋ねる。大きな圧力に負けて間違いを認めてしまわないように。
 何より、この選択をした彼が自身を否定しない為に。

「違う……」
 
 ボソリと呟いたレイズの脳裏に、亜人区画で逃がした亜人の姿が浮かぶ。
 広い世界を全身で感じ、嬉しさに抱き合う彼らは、奴隷ではなく自分達と同じ世界に生きる存在だと気付いた。

「間違ってなんか、ない……!」
 
 例え、協力する理由がリズの為だったとしても、自由を愛する彼らの流す涙を見た気持ちは嘘じゃない。

「間違ってんのは世界だろ……?」
 
 まとわりつく不安と後悔を取り込み、自分の中にある答えを見つけたレイズは、声を震わせ前を向く。

「いいぜ、この際もうヤケクソだ!」

 希望を思い出した声色は明るく、晴れた空のようにすっきりした表情でそう言い切ると、固く握った拳を突き合わせた。

 パンッと音が鳴るその一瞬には、仲間としての信頼と安心感が混じっていた。
 
 人よりも色々なものを抱えてしまうレイズウェルは、迷いながら進む強い人だ。

「任せてくれよ、犯罪者根性で暴れてみせるんだぞ!」

 自信ありげにニヤリと笑うジークは、犯罪者根性というよくわからない言葉を返す。
 
 そして、今まで何も言わずにいたリズも意志を持っていた。
 
「小生は、レイズウェル殿と対等にくと申したはず。ただ守られるのごめんですぞ……」

 ぐるぐる模様の眼鏡をかけたネクラーノン……リズは怒りを含んだ低い声で言う。

「ネクラーノン、君……」
「リズ……」

 驚いて目を丸くしているジークと片割れを前に、ネクラーノンは眼鏡を少しだけ取ると、恥ずかしそうに目線を逸らして言った。

「しょ、小生はレイズウェル殿がいないといやだ……!」

 それは、照れ隠しというにはあまりにも濃く不器用で、とてつもない威力を持っていた。

「ホグハァッ……!!

 ド直球の『レイがいないといや』を食らってしまったレイズは、唐突に胸をおさえゴロゴロと床を転がり、謎の過呼吸を起こしてもだえていた。

 うるさいオタクのネクラーノンからの、静かで素直な可愛いリズ……なんという破壊力だろうか。

「はぁはぁ、はぁ! はぁはぁはぁ……! リズ、お前、なんて事を……!」

 なぜか大量の汗を拭いながら呼吸を整えようとするレイズだが、必死な顔が怖い。

「うん……君、すごーく気持ち悪いんだぞ…………」

 これには本当に、さすがのジークもドン引きであった……。

 ともあれ、ルークの二人を加え三人になったAHOU隊は再出発するのだった。