第20話『星送り』

 朝露が滴り草の匂いが立ち込める中、村中の人たちから贈られる花々に囲まれて棺に横たわるゲルダさんは、とても幸せそうな寝顔をしていた。

 知らせを聞いた四人は、信じられない気持ちで彼女の元へ向かう。

 あまりに突然の出来事に茫然としていたジークも、静かに眠るゲルダさんに花を贈る。

「昨日まで、あんなに元気だったのに……」

 一緒に過ごした時間は本当に短いけれど、昨日の夜に抱きしめてくれた温かさが今も残っているようだ。

 時間が経てば経つほど、現実だと実感し、辛さが増す。

 そうして、日が落ちて夜になると星送りが始まるのだ。

 村の中央の広場で行われる星送りの儀は、村長から村人へ青い炎を松明に移していき、最後にゲルダさんの元に灯していく。

 星送りとは、故人を送る儀式だった。

 故人を想って涙し、一人、またひとりと炎が移っていく。

 四人は、青い炎から上がる煙を遠目に見ていた。

 本当は、ジーク達もあの中に入ってもいいのだろうが、エリュシオン傭兵団の仕事でこの村に来ている為、遠慮させてもらっているのだ。

「……ゲルダさんは、自分の死ぬ時がわかっていて花を採りにいったのかな」

 ジークは、ぽつりと呟く。きっとゲルダさんの魂は空に昇り、次の命へと生まれ変わるのだろう。

 誰かが何か答える前に、村長が歩み寄ってきた。

「ジーク殿、みなさん」

「はい!」

 姿勢を正したジークは、短く返事をする。四人を順に見た村長は、柔和な笑みを浮かべて星送りの儀の参加を促す。

 右手を横に流す……と、見せかけて着ていた服を勢いよく脱ぎ捨てた。

「さぁ! これが、我々ベレット村の星送りです。共に踊りましょう!」

 頬がムキッと上がるくらいにとてつもなくいい笑顔。

 村長の魂をかけた情熱の赤いフンドシ、凛々しい極太眉につるつるの禿げ頭、毛深い胸や足と腕毛。

 そのすべてが、この厳粛な場にさらされていく。

 鍛え抜かれた村長の体の、すさまじい圧がジークと仲間たちに襲い掛かる。

「うわあぁあ! 魔物だぁあッ!」

「落ち着けさ! ありゃ、ハゲ村長さ」

 反射的にジークは村長に切りかかろうとしたが、マフラーを引っ張るハツに止められる。

「魔物かと思ったんだぞ!」

「よく見るさ! こんなもん見たところで、女じゃあるまい……し……」

 改めて冷静に村長を上から下まで見たハツは、ごく自然に目をそらした。

 さすがにかばうには、きついものがあった。

「そ、村長さん」

 何とか気を落ち着けたジークは、フィアの柄を握ったまま話をする。

「はぁ、はぁ……危なかった。毛のもさもさ具合が怖すぎて、もうちょっとで切るところだったんだぞ……! (すみません、失礼しました。ぜひ、星送りの踊りに参加させてください)」

「いや、ホンネもれてるヨ」

 まさかの本音と建て前が反対になっているジークに、シャオロンはつっこんであげたのだった。

 村長いわく、ベレット村の星送りの儀は、死者が天へ昇る時に持っていく最後のお土産話を作ってあげるという意味を込めて、とびきりおかしな恰好で踊りを贈るというものらしい。

 たくさんのごちそうと笑顔で送ってあげることで、亡くなった人が寂しくないように。

 また、遺された人が故人に対しての最後の記憶が楽しいものであるようにという意味が込められているのだという。

 それを聞いたジークは、心が少し軽くなったような気になった。

 それぞれ村人が家から持ち寄ってきたごちそうが広場に並び、ゲルダさんを囲んで踊る人達の顔は明るく、とても葬儀を行っているようには見えない。

「なんていうか、星送りってなんかすごいな……」

 配られた料理を食べながら、ジークはド派手に全身を振るわせて汗を振りまき踊る村長を見ていた。

 正直、あの姿は本当に驚いたのだが、村長はこの星送りを誰よりも盛り上げる為にあの姿で踊っているのだと思えば、不思議と納得できる。

 なんなら、いきなり切りかかろうとしてしまったのは申し訳なかった。

 ゲルダさんが好きなたくさんのエダの花が飾られたダンス会場では、ハツが年上の女性をエスコートして踊っている。

 丸太を倒しただけの椅子に座り、もそもそと串焼きを食べていると、ネクラーノンがスープを持ってやってきた。

 ジークは、いつものように声をかける。

「やぁ、星送りって楽しいな! 俺もこれ食べたらゲルダさんの為に踊ろうかと思って……そういえば昨日、変だったけど体調は大丈夫かい?」

「ジーク殿」

 静かにそう言葉を重ねたネクラーノンは、いつもの彼らしくない抑揚のない声で訊ねた。

「死ぬ、とは何ですか?」

「なにって……死ぬっていうのは、生き物の命が終わることだよ」

 子供でも知っている質問に、嫌な顔せずにジークは答える。

 ネクラーノンは首を傾げ、さらに質問を続けた。

「終わる? 死んだらどうなるのですか?」

「もう会えないってことだよ」

 そう答えると、ジークはゲルダさんのことを思い出してまた寂しくなってしまった。

「人はいつか死ぬんだ。前を向かなくちゃでも、つらいものは辛いんだ」

 おばあちゃんの、何も話さなくても包み込むような優しさが暖かかった。

 もう会えないんだと、現実がじわりと胸を黒く染めていく。

 ジークの話したことを自分の中で繰り返していたネクラーノンは、また質問を続けてきた。

「人が死ぬと、こうして美味しいご飯を食べて、踊って笑うものなのですか? これが、楽しい? これが普通ですか?」

「ん? そうだな。こうして亡くなった人の事を忘れないように、精一杯楽しむのも一つの送り方だな」

 少なくとも、このベレット村ではそうなのだと、ジークは頷き返した。

 俯くネクラーノンは、何かを考えているのかスープに浸かるスプーンを左手でくるくると回すだけで、食べようとはしない。

 基本的にネクラーノンは、食べることが好きだし、うるさい。

 見知らぬ人からもらったものも躊躇なく食べるし、何を食べても美味しいと喜ぶ。けれど、今はスープを食べようとせずに口数も少ない。まるで幽霊のようだ。

 いつもと少し様子が違う事に気付いていたジークだが、ゲルダさんの死がショックなのだろうと深く気に留めなかった。

 明るい笑い声に包まれた星送りの会場は居心地がよくて、そんな雰囲気を味わうようにジークは目を閉じる。

 深呼吸をして目を開ければ、いつの間にかネクラーノンはいなくなっていた。

 ジークは、フィアをぶつけてしまわないようにゆっくりと立ち上がり、星送りの会場へ向かう。

 踊り疲れて休憩していたハツも立ち上がると、ジークの後ろを歩く。

 棺の中で眠るゲルダさんの傍には、シャオロンとネクラーノンがいた。

「エダの花、たくさん採っといてよかったよ」

 ジークがそう声をかける。

「そうだネ」

 シャオロンは辺りに自分達しかいないことを確認すると、棺の中のゲルダさんを見つめ、小さな声で力なく呟いた。

「フォルプス族は、自分の死期がわかルんだヨ。だから、最後は好きな花に囲まれたかったんジャないかナ……」

「……そっか」

 その言葉の意味がわかったジークは、ゲルダさんを想い、目を細めた。

「ゲルダさん、もう起きないのですか」

 ネクラーノンは不思議そうにしている。ジークは、そうだよと言った。

 シャオロンはゆっくり深く呼吸をすると、夜空の星を見上げる。

「ゲルダさんネ、亜人と人間の混血だったんダ。手の甲に奴隷印もあったから、間違いないネ」

 空を見つめたままのシャオロンの声は震えていた。

「ハーフさか……」

 ハツは、ぶっきらぼうに短く呟くと口を閉ざした。

 亜人と人間のハーフは、今のホワイトランドの深刻な問題のひとつだ。

 人のカタチに近い亜人は、人間との間に子孫を残すことが出来るのだが、それは本人が望んだものか、そうではないものもある。

 愛情の間に生まれた命であれば、その生涯は他の亜人に比べると少しはマシなのかもしれない。けれど、だいたいのハーフの辿る道は地獄だ。

 人間から汚らわしい亜人と見られ、亜人からは怨敵である人間の血が混じった存在として忌み嫌われる。

 どこにも居場所のない孤児が行きつくのは貧困と犯罪であり、奴隷にされたとしても、そこでも亜人同士で差別されてしまう為、多くは長く生きていない。

「……ゲルダさんは、きっとここが終着点でよかったって思ってるはずだぞ」

 ジークは、そう言って青白いゲルダさんの頬をそっと指で撫でると、視線を上げた。

 長い奴隷生活を終え、辿り着いたここには今、泣いて食べては騒いで、笑って彼女を送るために集まった人たちがいる。

 ひとりぼっちじゃない。

「だって……最期の瞬間に、こんなにも愛されているってわかるんだからな」

 奴隷だった頃は辛く苦しい生涯だったかもしれない。けれど、それだけじゃなかったと信じたい。

 ジークがそう言って空を見上げると、マネをするようにネクラーノンも顔を上げた。

「……」

 紺色の星空に上る聖なる煙は、どこまでも高く遠く続いていく。

 ネクラーノンは……『リズ』は、視界の一面を流れる星の道に乗る、魂の軌跡に目を見開いた。

 澄んだ空を流れるのはゲルダさんが生きた証。幻想的な命の跡だ。

「……しぬのは、もう会えない」

 思わず見とれるほどの綺麗な空に、胸が苦しくなり、ぽつりと呟く。

 この感情が何を言いたいのかはわからない。けれど、この胸の苦しさは忘れたくないと思えた。

「亜人と人間が嫌い合う世界なんて、なければいいのにネ」

 シャオロンはそう言って涙を拭うと、苦し気に眉を下げて笑う。

 同じ意見だ、とジークも眉を寄せた。

 鼻を鳴らすハツ。空を見つめたままのネクラーノン。

 それぞれの思いが巡る中、ジークは唐突に口を開いた。

「俺の夢は、亜人奴隷を終わらせること。そのためにも、はやく出世して人間と亜人が幸せに暮らせる世界を作るんだぞ!」

 ジークはそう言うと、涙を拭い、明るく太陽のように笑った。

 今のジークに出来ることは本当に少ない。それでも、悲しい思いをする亜人や人間が減るように、希望を持っていようと決めた。

 その後、ダンス会場に入り込んだジークは、村の女の子とおばさん、村長に囲まれて踊りに誘われるのだった。

 イマジナリー彼女のフィアというものがおりながら……。

 それを退屈そうに見ているハツは、椅子の背に寄りかかって指に引っ掛けたコップを揺らしている。

「何してるノ?」

 一通りの料理を皿に乗せたシャオロンが戻ってきた。

「世の中は不公平さ」

 完全にふてくされているハツは、持っていたコップの中身を一気に飲み干した。おそらく酒なのであろう、ハツの目線は定まらずアルコールの臭いがしている。視線の先にはジークが居た。

「ああ、アレ」

 何のことを言っているのかわかったシャオロンは、二人分ほど空けて座ると、野菜ばかり盛っている皿に手を付け始めた。

「ジークって、あんな感じなノニ、意外と人間の女の人に人気なんだネェ」

 世間話をするように、のんびりとそう言ってダイコンの丸焼きを頬張る。

 余裕というか、興味がないというか……そんなシャオロンをからかおうと、ハツは冗談まじりに絡む。

「そういや、おめぇは誘われてもネェさなぁ」

「人間は恋愛対象外なんデ」

「亜人の方でも相手にされねぇんじゃねぇさ?」

「そもそも、恋愛している暇はないネ」

 ハツは、まったく興味がないというシャオロンの態度にいらついて突っかかるが、これもあっさりと躱されてしまう。

「傭兵団に入ればモテると思ってさのに……」

「たすけ……足が、おいつかない!」

 大げさに肩を落としたハツの目の前を、村長に腕を掴まれて引きずられるように踊るジークが通り過ぎていく。女の人はどうした。

 何かを言っていたが、気のせいだろう。

「女の人にモテようなんて考えたコトないから、わかんないヤ」

 鼻で笑うシャオロンは、ハツに見せつけるように肩をすくめる。

 村長との踊り二週目のジークが、ものすごい早さで前を通ったが、ハツは無視していた。

もっとも、シャオロンは気付いていながらスルーしている。

 そこへ、おばさんが通りがかりシャオロンに、とアメやクッキーを渡していった。一方、ハツには酒のおかわりをそそいでくれる。

「たくさん食べて、これから大きくなるんだよ!」

 と、母親のように、包容力たっぷりの笑顔で去っていく隣の家のおばさん。

「オメェ……」

 ハツはそれ以上、言わないというように口を閉じる。

「まぁ正直、わりとズット子供扱いされてルネ……」

 もらったお菓子の袋をつまんだシャオロンは、フッと乾いた笑いで流した。

 AHOU隊の中で一番背が低いシャオロンは、見た目の幼さもあって子供に見られている事が判明したのだった。

 

「や、やっと解放されたんだぞ……」

 村長から解放されたジークは、騒いでいる仲間達から隠れるように木の陰に座り込む。

 傍らにいる細剣フィアを膝に抱えると、静寂に耳を傾ける。

 少しの間でも、家族を知らないジークは、ゲルダさんを本当のおばあちゃんのように思っていた。

 だから、その温もりを忘れないようにと、誰にも見られないように声を出さずに静かに泣く。

 夜空に浮かび、どこまでも流れていくゲルダおばあちゃんの魂を、いつまでも見送っていた。