第32話『再戦は、燃える炎のように』

「みんな……ヘヴォッ!!」

 突然、目の前が暗くなり、空を飛んだ大きなカボッチャのパイが顔面に叩きつけられてしまった。

 なんとなく予想していた展開。ジークは真顔でカボッチャのパイを顔から剥がす。飛び交う罵声に食器。

 天翔ける絢爛豪華な料理たちは、美しい回転を披露しながら無残にも床に落ちていく。

 やはりというか、それはそうだというか……。

「ンだと、コラァ! もう一回言ってみろ、このクソド田舎亜人がッ!!」

 勢いに任せてシャオロンの胸倉を掴んだレイズウェルは、相手が誰だろうが怯むことなく噛みついていた。

 テーブルに乗り上げた勢いで、魚のフライが皿の上で跳ねて転がる。

「何回でも言うヨ! 僕は、あの子が何なのか知ってタ。自分の意志を持ってしまったコトで迷ってタ。ずっと、可哀想だったヨ!」

「はぁ!? どこの他人の……おぐふぉ!」

 対して声を荒げることをしないシャオロンは抑揚のない調子で繰り返し、反論しようとするレイズウェルの口に固めのパンを突っ込んで黙らせる。

「そもそも、あんな精神的にも幼い子を一人で僕に向かわせた時点でおかしいと思わなかったノ? 自我と命令の間で苦しんでたんだヨ!」

 口に突っ込まれたパンを取ったレイズウェルは、こめかみに青筋を立て反論する。

「そんなこと、アイツを見ていた俺が一番わかってる!」

 ジークは思う。付き合いは短いが本来のレイズウェルは直情的な性格で、じわじわと正論で痛い所を詰めてくるシャオロンとはものすごく相性が悪い。

 なので、ジークはこうなるような気がしてジゼルを早めに避難させたのだが、やはり予想通り火の手が上がっていた。

「だから、勝てない戦いはするなと言い聞かせた! 最初から何でも持ってるテメェに何がわかる!」

「論点はソコじゃない。意味わかってルノ? キミ達、いらないって言われてたんだヨ」

「んなこと、最初からわかってんだよ!!」

 言葉の応酬はさらにヒートアップし、レイズウェルの腕を払ったシャオロンは、怒りに染まる金色で訴える。

「決して死なない命を作り出し、意志もなく戦わせるのは命に対しての冒涜に他ならなイ! 造ってしまったのなら自由を与えるべきだヨ!」

 そう言い切ると、自分よりも背が高いレイズウェルをきつく睨んだ。

「ほあー……よくもまぁ、色々と知ってるさなァ」

 ハツは間延びした声でそう言って、シャオロンをちらりと見る。

 基本的に他人のことはどうでもいいハツが喧嘩を止めるわけもなく、彼はいつものように素知らぬ顔でよくローストされた骨付き肉に噛みついていた。

「原因は何なんだい……?」

 顔についたパイを布で拭きながら、ジークは訊ねた。

「見ての通り。シャオロンがお得意の上から目線の説教をして、煽り耐性のねぇお坊ちゃんがブチ切れてんさ」

「あぁ、もう……せっかくの料理が台無しだ」

 もごもごと口を動かしながら答えたハツの話を何となく理解したジークは、うんざりしながら散乱する料理を拾い集める。今は喧嘩をしている場合でもないのだ。

「何やってるんだよ! いい加減にしろ!」

 ジークは、どちらかというと腕力でまだ何とかなりそうなレイズウェルの手を掴み、仲裁に入る。

「レイズウェル、落ち着くんだぞ! シャオロンもやめろ!」

「……ウン」

 シャオロンはまだ話を続けたがっていたが、もともと理性的な彼は散乱する料理に気付き、ようやく肩の力を抜いた。

 とりあえず、これで一人は大丈夫だろう。問題は、レイズウェルの方だ。

 そう思ったジークの顔面に、カボッチャのパイ(二個目)が強烈な剛速球で飛んできた。

「この、クソ変態野郎はすっこんでろ!!」

「うぉおお!」

 ジークは、レイズウェルの会心の一撃とも言えるパイ投げ攻撃を大きく体を捻ってかわす。もはや、この乱闘騒ぎで食卓は地獄と化していた。

 ちなみに、ジークが避けたカボッチャのパイはハツの顔にヒットしていた。

「落ち着いて! まずはこの料理を食べて気力を回復しよう!」

 そう言って、ジークは怒りで興奮しているレイズウェルの腕を掴んだ。

「放せっ! こんな時に飯なんか食ってられるか!」

「リズを連れ戻しに行くんだろう!? なら、ちゃんと食べないとダメだ!」

 ジークは、暴れるレイズウェルをフィアを使って押さえつける。

「口では何て言っても、君はリズが大切なんだろう? こんな所で無理をしている場合じゃないんだぞ!」

「!」

 怒鳴られたことでレイズウェルはハッと動きを止める。

 ジークは彼の眼を見て、事実をはっきりと突きつける。

「君は、あの子の兄さんなんだろ? 助けてあげたいんだろ! 守ってあげたいんだろう!?」

 流れた血液や気力も、何もかも足りないレイズウェルが兄達に刃を向けたとして、負ける事は見えている。

「だったら、やつれた顔なんて見せちゃダメだ! 胸を張って、もう大丈夫なんだって迎えに行ってあげるのが兄さんってものだろう!」

 一気に言い切ったジークは、深く息を吐き出し呼吸を整える。

「……ッ」

 レイズウェルは、凍り付いたような顔を歪ませ唇を噛む。

 彼にだって、そんな事はジークに言われなくてもわかっている。

 だが、行き場のない気持ちをどうしたらいいのかわからないのだ。

 苛立ちを隠すことなく、ギリッと歯噛みした所で、ジークは彼の前に野菜ジュースを差し出した。

「辛いのはわかる。でも、次は勝つために今は食べるんだ!」

 ジークにだって、本当は食べている場合じゃないのはわかっているが、疲れた心と体を癒す必要があるのは誰の目にも明らかなのだ。

 強い口調とは裏腹に、ジークなりの優しさが込められていた。

「……お前に何がわかる……」

 鋭く睨みつけるレイズウェルに、ジークは自信たっぷりに答える。

「わからないぞ。俺には記憶がないからね」

 でも、と続けると自身の胸に手を当て、諦めを知らない強い瞳で言う。

「俺はリズにまた会いたい。だから今出来ることをするんだ!」

 ジーク・リトルヴィレッジには自分の意志があり、誰に何を言われても自分を信じ、周りを照らす不思議な魅力がある。

「……お前、イカれてるわ……」

 自信に溢れたジークの顔を見ていたレイズウェルは俯いてそう呟き、差し出されたままの野菜ジュースを受け取った。

 

 散らばった喧嘩の片づけを済ませた四人は、すっかり冷めてしまった料理を囲む。

 ジークは、昨夜までの話をレイズウェルから聞き終えると、サラダをつつく手を止めた。

「……そうか。君は、リズをずっと支えていたんだな」

「ああ……」

 力なく腕を下ろしたレイズウェルは、さっきシャオロンに言われた言葉を気にしているのか声に勢いがない。

 言葉の意味を咀嚼するように、何度も頭の中で繰り返しているようだ。

「今より辛い思いをさせたくない、そう思ってずっと傍にいた」

 後悔は、いつも過ぎてから背中に刃を刺していく。

 ジークは黙ってレイズウェルの話を聞いていた。

「それで、いつか家を出て自由になったら色んな場所へ行って面白いモンを見てさ。ルークには何もないからって決めたんだ」

 独白のように言葉を吐き出すレイズウェルの願いはシンプルで、ただひとつだけ。

「海を見に行くんだ。でっかい海をな」

「君は、いい兄さんなんだな」

 そう言って、子供の頃を思い出したレイズウェルは、少し寂しそうに笑い、ジークもつられて笑う。

「……」

 何も言わず腕を組んでいたシャオロンは、テーブルの上のまだ無事な骨付き肉に目をやった。

「じゃあ、もう行くのかい?」

「当然だ」

 ジークがそう訊ねると、さっきまでの暗い表情を一変させたレイズウェルは不敵に笑う。

「さっさと行って、リズを取り戻す。あのイカレ野郎には渡さねェ……!」

 昔からずっと負け続けているレイズウェルは、ジークとは違った意味で諦めが悪い。幼い頃から孤独に生きていた彼を支えていたのはリズなのだ。

 大切なものを守るため、自分の感情を思うままにさらけ出せるのは彼の強さでもある。

 レイズウェル・ルークは悩まないし、大嫌いな兄のフラクタをぶん殴る為なら何でもする。

 昔から奪われ続けていた彼にとって、すでにルークの家のことはどうでもよく、リズを取り戻せるなら後のことなどクソくらえだ。

「さて……他人に話すのはここまでだ」

 そう言って、気合を入れるために腹ごしらえをしようとした彼の前に、これでもかと山盛りの肉が乗った皿が置かれる。

「……ちょっと、昔のコト思い出して言い過ぎたカモ。ごめんネ」

 ゴトン! と鈍い音を立てて次の皿を置いたシャオロンは、そう言ってばつが悪そうに舌をぺろりと出していた。

 シャオロンは肉を食べない。だからこれは彼なりのお詫びなのだろう。

 だが、いくらなんでも多すぎる……。

「いや、俺も悪かった……うん、いやうん……?」

 大量の肉を前に、レイズウェルは思考停止している。

 誰一人しゃべらない空間に、ハツの咀嚼音が響く……。

「あーえっと……そう!」

とりあえず場を和ませようと、ジークは隣に座るシャオロンの肩をバシバシと叩いた。

「い……痛い、痛いぞシャオロン! それは可愛い女の子だけが許される仕草だぞ! 確かに君はよく食べるけど、これはさすがにだぞ!」

「そうだネ、ジークにはコレあげルヨ」

 いつものようにニコニコと笑っているシャオロンだが、瞼の奥のブラウンは笑っていない。

 黙れ、と言うように、隣のおばさん特製薬草スープが入ったボトルを顔面にめり込ませてきた。

 そんなことをしていると、薬草をウシのように直食いするハツが言う。

「つっても、相手は東のルーク。とんでもねぇバケモンさな」

「それでも、簡単に諦めたりはしないんだぞ!」

 ジークは隣のおばさんの薬草スープを一気に飲み干すと、ドン! と音を立ててボトルを置いた。

 改めて味わうと本当にまずい。おばさんには悪いが、毒物と紙一重だ。

 リズはこれを美味しいと言っていたが、もとから味覚がなかったのだとしたら納得がいく。

 きっとリズは、自分が他の人間とは違う事を知っていた。

 例え嘘が人の中に溶け込む手段だとしても、それでもあの子はヒトになりたかったのだろう。

 味や痛みなどの体中のあらゆる感覚がなく、朝日の美しさや月夜の切なさも知らず、どのくらいの孤独な日々を過ごしてきたのだろうか。

 ジークは胸が締め付けられる思いに唇を噛んだ。

 椅子を引く音がし、顔を向けるとレイズウェルが立っていた。

「じゃあ、俺は行くわ。元気でやれよ」

 急ぐ理由があるレイズウェルは、こんな所で時間を使っているわけにはいかない。

 自分はどうなってもいいから、リズを取り戻し、今度こそ自由にしてあげたい一心で動いているのだ。

 外へ向かうドアを開こうとしたその時、彼の背後で椅子を蹴る音がした。

「いやー、気が合うなぁ、俺達も出かけるところだぞ!」

 まるで散歩に行くような軽い口調でそう言ったジークは、傍らに置いてあるフィアを手に取る。

「は? なにを……」

 レイズウェルは振り返り、訝し気にジークを見た。

 やや大げさに両手を広げたジークは、芝居がかった口調で仲間達に語りかける。

「おお、諸君! 大変なことに、我が隊は四大貴族、東のルークさんから受けた大事な仕事が終わってないんだぞ!」

 ジークは、仲間のことを簡単に見捨ててしまうのなら、最初から関わったりしない。

 だから逃げないし、逃げるつもりはない。一度決めたら退かない。

「緊急任務だ。エリュシオン傭兵団、ミラナ領所属AHOU隊は、任務で行方不明になった仲間の救出に向かう! 異論は認めないぞ!」

 高々と声を張り上げ胸を張るジークは、仲間とレイズウェルの前に、右手で握ったフィアを掲げて見せた。

 輝きを失わない紫紺の双眸は、力強く晴れている。

「お前……馬鹿だろ……わざわざ殺されに行くのと変わらねぇんだぞ!」

 耳を疑い、正気じゃないとレイズウェルは言う。

 ジト目になったジークは、咳払いをすると彼を指さした。

「その、死ぬのがわかって最初に頼んできたのは誰だい?」

「お、俺は他人を信用しないし、お前らがどうなろうがどうでも……」

「じゃあ、本当にどうでもいいなら、どうして一人で行こうとするんだい?」

 決意を固めたジークは止まらない。淡々とレイズウェルに言う。

「それは……いや、それより他の奴らもこの馬鹿についてくる気か!?」

 言葉に詰まったレイズウェルは、残りの二人を振り返る。

「そうだネ。これが、我が隊のリーダーだからネ」

「こんなんで驚いてたら、あいつとはやってられんさな」

 シャオロンは、まるでこうなる事がわかっていたと余裕ありげに肩をすくめ、ジークと一番付き合いの長いハツは、椅子に背を預け、慣れた手つきで装備の確認をしていた。

「は……?」

 レイズウェルは、二人の答えに言葉を失う。

 リズに会いたいだけなら、レイズウェルに付いてくる必要はないのだ。

 たった数日を共にしただけの人間の為に、命を懸けてここまで出来ることが理解できない。

 他人を信じられず、狭い世界で生きていた彼には信じられない光景だった。

「そもそも、こっちは昨日の一件で君のクネクネした兄貴から目を付けられてるんだ。手遅れさ。それに……」

 ジークは、何も言わずに立ち尽くすレイズウェルを正面から見据えて言う。

「これは、君からの依頼だぞ?」

 砂のひとかけらほども迷わない澄んだ言葉は、ジークの本心だ。

「言っただろ? 俺達は仲間に会いに行くんだ!」

 そう言って、ニカッと歯を見せて笑ったジークは、驚いているレイズウェルへ握った拳を突き出す。

「もう、君も仲間なんだぞ、レイズ!」

「……!」

 差し出された拳に目を見開いたレイズウェルは、もう一度ジークとハツ、シャオロンの三人を見る。

 レイズウェルは、他人を簡単に信じれば利用され裏切られるのだと思っていた。それが彼の狭い世界の常識だったからだ。

 だから、誰にも期待せず、信じなければ傷つく事もない。

 そう思う自分自身にさえも期待していなかった。

 人の運命というものは、必ずしも平等とはいかない。

 生まれながらにアタリハズレがあって、一生覆ることがない呪いなのだと思っていた。

 けれど今、どうしようもないこのアホ共には根拠のない自信と信念が溢れており、レイズウェルは、生まれて初めて他人を信じたいと思えていた。

 彼の中で長い間作り上げてきた世界が揺らぎ、他人との境界にしていた壁が音を立てて崩れていく。

 割れた破片の先に広がる世界は、眩しいくらいに晴れていた。

「はは……は……バカだろ、本当に……なんでそんなに他人を信じられるんだ……?」

 喉の奥から自然と零れたのは、自分でも驚くほど掠れた笑い声だった。

 溢れたのは想いだけじゃない。レイズの頬を透明な涙が伝う。

「バカで、どうしようもなくアホで、お人好しで、わけわかんねぇ……」

 それに気付き、慌てて服の袖で涙を拭った彼は、もう昨日までの人を拒絶するような張り詰めた感じがしなかった。

 責任や願い、守りたいという想いの全部を一人で背負い、身動きがとれなくなっていたレイズに手を差し伸べたのはジークだ。

「一緒に行こう。大丈夫、人は強いんだ。信じあえる相手がいれば、より強くなれるんだよ」

 そう言ったジークは、力強く笑う。

 彼らの過ごしてきた時間がどんなものだったかはわからない。

 それでも、レイズの震える声は悲しみからじゃないのがわかる。

 だから、ジークはそんな彼を笑ったりしない。

 ただ、互いに支え合っている片割れがいるというのが、ほんの少し羨ましいと思っていた。

「俺は……リズを取り戻したい……助けてくれ!」

 手のひらで涙を拭ったレイズはそう言い、今度は迷わずジークの手を取ったのだった。

 風は草原を荒く撫で、まるでこれから起こる運命を示すように、夜空を泳ぐ雲は早く流れていく。

 その後、残った無事な料理を食べきり、気力と体力を回復した四人は夜中に出発する。理由は二つ。

 一つは、ルークの住まう東の荒れ地は見通しが良く、魔物もうろついているが、身を隠しながら近寄るのに夜の方が動きやすいため。

 もう一つは、ベレット村の事をジゼルに頼む必要があり、彼女が魔物除けの結界を張るのに時間が必要だったからだ。

「みんな、準備はいいかい?」

 村人が寝静まり、明かりの消えた村の出口に立ったジークは、腰のベルトに装着したフィアを確認すると仲間達を振り返った。

 見送りに出たジゼルは、レイズに何かを渡すとジークに向き直る。

「本当は一緒に行きたかったけれど、怖くて……ごめんなさい」

 そう言ったジゼルは、申し訳なさそうに俯いていた。

「いいえ。こちらこそ、村の事をお願いしてすみません」

 ジークはそんな彼女に笑いかけた。

 その隣を、スペルの長い外套を翻したレイズが進む。

「叔母上、ひとつお願いがあります」

 長かった炎髪を短く切り、青いフレームの眼鏡をかけた彼は、ジゼルの手を取り乞う。

「もし、無事に戻ってこれたらアイツを……リズを抱きしめてあげて下さい」

 かけられた言葉の意味を噛み締めるよう、目を見開いていたジゼルは優しく握られた手を両手で包み、大粒の涙をこらえながら頷く。

「……ええ、必ず……必ず、そうするわ……!」

 そんな彼女に、レイズは安心したように目を細めた。

「よし、行こう!」

 そう言ってジークは仲間と共に歩き始めた。

 だが、すぐに立ち止まり、不思議そうな顔をしている仲間達を振り返ったあと、何とも言えない真顔で特大の一言を放つ。

「うん。どっちへ行けばいいのか……わからないっ!」

「……あ、ウン」

「俺様も知らんさな」

「は?」

 シャオロンは死んだ魚のような目で、ハツはごく自然な動作で目を逸らし、レイズは汚物を見るかのような目でジークを見た。

「そもそも、東ってどっちだい?」

 そんな仲間に向け、ジークは遠い目をしてさらにそう訊ねるが、答える者はいない。

「はぁあ!? ここには! バカしかいねぇのかよ!!」

 ついにブチ切れたレイズは、ジークのマフラーの端を引っ張り、思いっきり首を絞めた。

「ギャーッ! 暴力反対なんだぞ!」

 悲鳴を上げるジークは、バランスを崩した拍子に頭から地面にダイブし、そのまま下り坂を転がり落ちていく。もはや、色々と台無しである。

「なんか、ウルサイのが来ちゃったネー」

「お貴族サマは、もっとお上品なものだと思ってたさな」

 それを見ていたシャオロンはフッと鼻で笑い、ハツも頷く。

「オイ、なんか言ったか! そこ!!」

 他人事のようにしている二人にも制裁(炎の弾)をお見舞いしたレイズは、異例の速さでとんでもないアホ共に馴染んでいた。

 それはもう、この中の誰よりも早く。

 結局、レイズが先頭を進み、頭にたんこぶを大量に生産したジークは、引きずられるようにして村を出て行くこととなる。

 あとに付いていく残り二人に、木の棒でたんこぶを突かれていた。

「……大丈夫かしら」

 これから続く運命に緊張感もなく、騒ぎながら出ていくAHOU隊を見送るジゼルの心労は増えたのだった。

 ――同時刻。

 陽が落ちた暗い部屋の中で目を覚ましたリズは、小さな窓から差し込む月明かりに顔を上げた。

 冷たい床には空の瓶が散らばっており、汚れた毛布を手繰り寄せ縋るように抱きしめる。

 今まで傍にいた『あの人』はもういない。

 それが誰だったのかすら思い出せないが、虚しさだけが残っていた。

 全てを失った虚ろな瞳は、深淵の色をしていた。