第45話『思い出の料理』

 これは、ジーク達がフェアリーゴレイヌの討伐に苦戦している頃のお話だ。
 
 さわさわと木々のざわめきが聞こえる昼過ぎ、ベレット村のAHOU隊宿舎にて。
 昨日の夜間警備を終えたリズは、軽い食事の後に身支度を済ませてベッドで休んでいた。

 昨夜は魔物が現れたので忙しかった。でも、別に眠たいわけではない。
 元々、仕事で夜に起きている事が多く体力もある方なので、そこまで疲れてもいない。
 
 けれど、眠ることが好きなのでベッドの中が一番落ち着く場所なのだ。

 リズウェル・ルークは、男女のどちらともつかない整った顔立ちと、サラサラの青い髪が特徴の仲間だ。
 
 年齢より幼い印象の丸い空色の瞳は、無心で天井を見つめている。
 リズは感情が乏しく無表情でいる事が多い。

 
 今も、窓から差し込む光に照らされているホコリを見つめていた。
 意味はそんなにない。ただ、きらきらと輝きながら舞うホコリが見たいだけなのだ。
 
 それも飽きると、うつ伏せになり毛布を頭から被り、視線だけ動かす。
 リズはよく毛布にくるまって狭い視界から周りを見ている。
 以前、この姿を見た兄に手負いの小動物みたいだと言われたことがあるが、ある意味その通りだったりする。

 ルークの家を出る前の仕事は過酷で、誰一人信用していない世界で生きていた為、いつも周りを警戒していた。
 
 最近になって、リズは失っていた感情を取り戻し始めた。
 肉体の年齢は十七歳だが、薬の副作用で心の成長が止まっていたので精神年齢は七歳であり、今はまだ物事を『好きか嫌い』という極端な思考でしか捉えられない。

 分かりやすく言うと、大人の肉体に子供の心が入っている状態で、今は十年前に砕けてしまった自分の心の欠片を集めている最中なのだ。

 とある事件の後に兄のレイズとルーク家を出て、エリュシオン傭兵団に入ってからは以前よりも体調が良く、味覚や痛覚などはないものの、眠って記憶を失う事も少なくなってきている。
 
 だが、リズの意志を奪っていたケラティスの薬は抜けきってはいないので油断は出来ない。
 未だに幻覚や幻聴といったものが出てくるのが辛い所だ。

「……」 

 無心で柔らかな毛布にくるまっていれば、じんわりと温もりが広がっていく。
 そのうち、うつらうつらと微睡まどろみがやってくるが、眠ってしまうギリギリのところで目を覚ます。
 
 リズは、うまく言い表せないこの状態が大好きで、これを味わいたいが為に寝るのだと言っても過言ではない。

 基本的に無口で無表情なのも相まって誤解を受けやすいが、本人は子供の頃の記憶はなくても悲観しておらず好奇心旺盛で世間とズレてはいても悪気はない。
 
 今のところは味覚の一つである『おいしい』を探し求めている、純粋で素直な子だ。

 リズが心地のいい眠気に揺られていると、リビングの方から香ばしい匂いが漂ってきた。

「……?」

 いい匂いのする方へ顔を向けると、独特なメロディのご機嫌な鼻歌も聞こえて来る。
 寝返りをうったリズの腹が小さく鳴く。生きているので、味はわからなくても腹は減るのだ。

 小麦がこんがり焼ける匂いだけで眠気はどこかにいってしまう。
 リズは『おいしい』が知りたいし、食べる事も大好きだ。
 
 もぞもぞと起き上がり、枕元に置いていた宝物の青いリボンで顔の左横の長い髪をまとめ、軽く耳にかける。
 そうして靴を履き、最愛のベッドに別れを告げてエサにつられる動物のようにリビングへと向かう。

 古い木造一軒家であるAHOU隊の宿舎は、所々の壁紙が剥がれていたり窓にヒビが入っていたりしている。

 リズは壁紙を剥がさないよう、慎重に手を添わせてリビングを覗く。
 すると、キッチンで見覚えのある後ろ姿が忙しく働いていた。

「……いた」

 思わずポロリと独り言をこぼしてしまう。
 基本的に他人に興味がないのですっかり忘れていたが、今日は仲間がもう一人いたのだ。
 声を掛けようか迷っていると、テーブルの上に焼きたてのパンが見えた。

「パン……」

 そう呟けば、またお腹が鳴いた。キッチンの番人に見つからないようにパンを持っていこうかとテーブルに近付いた時、ふいに声がかけられる。

「あれ? 起きちゃっタ?」

 そう言って振り返ったのはシャオロンだった。
 料理が得意な彼はリズの気配に気付いていた。

「昨日も大変だったネェ。夜間警備は疲れちゃうヨネ」
 
 いつものように穏やかな笑みを浮かべそう話す彼は、また背を向けて両手でパン生地をこねる作業に戻る。

「ん。いい匂いがした。リズはお腹がすいたみたいだ」
 
 こくんと軽く頷き、思ったままを口に出す。
 何の警戒もしないその背中を見ていると、数週間前のことを思い出す。

 以前、リズはシャオロンを暗殺する仕事を受けていた。
 最初は、軽く首を切り裂けば簡単に殺せるのだと思っていた。

 けれど、彼と話すうちに埋められない実力差があることに気付いてしまう。

 それは人間と亜人の身体能力なんて生ぬるいものじゃなく、もっと大きなものだと直感していた。
 勝てない相手とは戦うな、と言われていたリズにとって得体の知れない相手だったのを覚えている。

 ふらりとキッチンに入り、次のパンが焼けるのを待とう思っていると、ふいにシャオロンが振り返った。

「ちょうどいま、夕飯の用意をしてるンダ! パン、一緒に作ル?」

 そう言って、明るくニッコリと笑うシャオロンは、発酵したばかりのパン生地を差し出してきた。
 リズは空腹のあまりパン生地とシャオロンを見比べる。

「……リズは、パンは食べたことしかない」
「ソウ! じゃあ作ってみようヨ!」

 シャオロンはそう言うと、半ば強引にリズを調理台へ押しやった。

「料理はしたことがない」
 
 リズは手を洗って準備を終え、乗り気じゃないながらも料理を手伝う。
 予想していた答えにシャオロンは「大丈夫ダヨ!」とリズの背中を叩く。

「あとは形を整えて焼くだけだから、誰でも出来ちゃうヨ!」

 そう言って、シャオロンは右手をサムズアップさせ、お手本を見せようと丸く発酵したてのホカホカの生地を手のひらサイズにちぎり、手の中でクルクルと丸めていく。
 
 リズも見よう見まねで同じようにしようとするが、パン生地が柔らかくて思うように千切れない。

「どう? 簡単デショ! 生地にはしっかり空気が含まれているから、こうやって落としても平気なんだヨ!」

 冗談交じりにパン生地を調理台に叩きつけて見せれば、『ヒュン』と音を立てて何かが飛び、次いで『ベチャッ』と潰れる音がした。

「……べちゃ?」
 
 まさかと思い、シャオロンがリズの方に目をやると、そこには信じられないものが広がっていた。

「……潰れても大丈夫、潰れても大丈夫……」

 なんとなーく、予想はしていたものの……。
 そこには、呪詛のごとく低い声で呟きながら、千切ったパン生地をひたすら調理台に叩きつけているリズの姿があった。

 無表情でブツブツと呟きながら、ひたすらに生地を叩きつけていく姿はとてつもなく恐ろしい。

「……エート、ウン。もう、焼こうか……ナ」

 どこからつっこんであげようかと考えていたシャオロンだが、あっさりと思考を放棄して作業を進める。

 まるで、おもちゃのようにパンを薄く延ばしていたせいもあり、鉄板に並べた『潰れたナニカ』のような生地を順番に窯へ入れていく。

「リズはさ、普段は何を食べてたノ?」
 
 焼く前にパンの表面に卵を塗っていくシャオロンは、椅子に座っているリズに話を振る。
 普段、とは暗殺者として生きていた時の事だ。
 
 シャオロンは見た目に似合う落ち着いた優しい声をしているので、こういう聞きづらい事もサラッと聞けてしまう。彼のいい所だ。

「……リズは、あまり覚えていない。けど、ご飯は毎日もらえなかった」

 椅子にもたれ、足をプラプラと揺らすリズは、思い出せるだけをさかのぼって答える。
 うっすらとした記憶しかなくても、何となく覚えている事もあるのだ。

「水は、適当に雨水とか川の水を飲んだ。味がわからないから平気だった」
 
「食べ物はどうしてたノ?」
「標的を始末したあと奪って食べた」

 倫理観も欠けているリズには良心や罪悪感があまりない。
 本人にとっては、ただ生きる為の栄養補給の場所という認識だ。

「そうなんだ。動物みたいダネ」
「そうなの?」
「そうだヨ」

 シャオロンは咎めるでも、軽蔑するでもなくやんわりと言葉を返す。

「シャオロンは、どうしてリズを責めない? あの時、どうしてリズを許したの?」

 不思議そうに首を傾げるリズ。
 リズがもう一度仲間になりたいと言った時、シャオロンは謝罪をあっさり受け入れてくれた。
 
 普通の神経をしていれば、自分を殺そうとした相手を許すなんて簡単には出来ない。
 「んー」と唸るシャオロンのハニーブラウンが揺れ、彼は困ったように笑う。
 
「さぁ、どうしてだろうネ? 前にも話したケド、虐殺ぎゃくさつする趣味はもうナイからカナ」
 
 シャオロンは何でもないことのようにそう言うと、最後のパンを乗せた鉄板も窯に入れる。

「リズは自分が助かりたいから、たくさん殺して泣かせた。とても悪いことをした」

 そう言ってリズは深く項垂れる。
 シャオロンは少し考えると、リズの青い髪にそっと手を伸ばし、ワシャワシャと頭を撫でてあげた。

「でも、キミは気付いた。キミが変わろうとしたから、僕はあの時ジークを信じなって言ったんだヨ」
 
 奪い続けなければ生きられなかったリズの境遇を知っているからこそ、優しく諭すように言葉を続けていく。

「キミは人間デショ? 人間は、変わっていける強さを持った生き物だヨ」

「んん……難しい」
「人間は、感情と理性の先に本能がある生き物だからネ」

 意味が分からないとリズが唸り出したので、シャオロンはまた優しく笑って言う。

「いつかきっと、わかル時が来るヨ。嵐龍王ロディオールがそう言うんだから、間違いないヨ」

 リズは瞬きをすると、視線を少しだけ落として答える。
 
「そうだといいな。リズは自分を知りたい、自分を知って生きていきたい」

 今はまだ、はっきりとわからない自分の感情をリズは知りたいと言う。
 そうすれば、きっと自分を許してあげられる日がくるからと。

 それから二人は暗くなるまでいろんな話をした。
 主に食べ物のことや魔法使いの術のしくみなど、お互いが知ることを面白おかしく語り合っていく。

 気が付けば、日が沈みきってしまっていた。
 シャオロンがメインディッシュである魚のクリーム煮の仕上げをしていると、物音と共に足音が聞こえて来た。
 
 乱暴にドアが開けられる。

「ただいまー!」

 疲れ切った表情でそう言って帰ってきたのは、フェアリーゴレイヌの討伐任務に向かっていたジークとレイズ、ハツの三人だ。

「いやー、酷い目にあったんだぞ! 筋肉痛で体が痛いよ!」

 心の底から深く息を吐き出したジークは、とことん破れてしまい、もはや白いヒラヒラの布と化しているウェディングドレスを翻して、どっかりと椅子に座った。

「おかえり、うまくイッタ?」

 シャオロンは戻ってきた三人に手を拭く為の濡れた布を渡していく。
 
「もう、大変だったんだぞ! 食べたらすぐ寝そうなくらい……」

 ジークが、もらった布で汗とメイクでドロドロになってしまった顔面を拭いていると、後に続いたレイズが鼻で笑う。

「朗報だ。今夜の夜間警備はテメェの担当だ」

 そう言ったレイズが椅子に座れば、「労働環境がブラックだぞ……」とジークの悲しそうな声が返ってくる。
 
「俺様は半分寝てるさから、しっかり頼むさ。リーダー?」

 ハツは、そんなジークに追い打ちをかけるように目線を逸らす。

「はー……仲間に恵まれないって辛い。な、フィア?」

 ジークは噓泣きをして大鎌のフィアに頬ずりをする。
 
「イマジナリー彼女はいいから、腹減ったわ!」
「リズ、君の兄さんは酷いんだぞ! まったく、フィアは本当にいるっていうのに……」

 すぐにレイズにつっこまれてしまい、ジークは文句を言いながらも食事の準備を手伝い始める。
 リズは忙しく動いていく仲間達を観察しながら、いつもの日常にどこかホッとしていた。

 
 全員そろって食卓に着けば、さっきまで静かだった場が一気に明るくなる。

「よし、じゃあ今日も一日頑張ったからご飯を食べよう! いただきます!」
 
 水が入ったグラスを掲げたジークの挨拶の後。
 フォークを手に取ってサラダを食べ始めたリズが、視線だけを動かし周りを見渡すと、仕事の愚痴を言い合いながらも笑いあう仲間の顔が見えた。

 フェアリーゴレイヌ討伐の時にメイクをしたジークは、アイシャドウが落としきれていないので目の周りが真っ黒だし、レイズは口では文句を言いながらもメインの魚のクリーム煮をジークに譲っている。

 ハツは我関せずを貫いているし、シャオロンは紅茶に砂糖を入れている。
 それぞれが自分の意志でここにいて、居心地のいい空間を作り出していた。

 そして、この場にはリズ自身もいる。
 リズはパンを手に取ると、ひとくち頬張る。

 小麦の香りが口いっぱいに広がり、味はなくともそれだけで仲間と同じように食事が出来ているのだと実感できる。
 
 ルークの家にとって、リズは戻ってこなくても構わない捨て駒であり、心配などしてもらえるはずもない必要とされない命だった。
 だから、いつかきっと、自分は誰にも知られずに死んでしまうのだとも思っていた。
 
 けれど、ネクラーノンとしてジークやシャオロン、ハツと過ごしているうちに人の温かさを知り、色々なものを感じたいと思うようになっていた。

 人に操られて生きる人形でいたくないと思い、闇の底から這い上がろうともがいた。
 結果的に、仲間と兄であるレイズに手を引かれる形で上がってこれたけれど、その兄をみんなが後ろで支えてくれていた。

 今ならジークが前に言っていた言葉の意味がわかる。
 仲間は助け合うから仲間なんだ。
 
 友達や仲間というものがまだ完全にわかったわけじゃない。
 でも、繋がっていることはわかる。だからこそ、今この瞬間の居心地がとてもいいのだ。

「……リズは、今がすごく好きだ。女神さまとジークやレイも、シャオロンが大好きだ……!」

 思いを言葉に出すと、不思議と胸が暖かくなり、ぶつけてかどだらけの心が丸くなっていく気がする。
 子供の頃の記憶はないけれど、いつも読んでいる女神エリュシオンの本にはこう書いていた。

 『おいしいは、幸せ』なのだと。
 
 リズにはまだ、幸せが何なのかわからない。でも、この気持ちは正解だとココロがいっている。
 またひとくちパンを食べると、リズは瞳をきらきらと輝かせ口元を緩めた。

「おいしいは、大好きなんだねぇ……!」

 リズはそう言って、今まで見せたことがない優しい顔で微笑んだ。

「……リズ! わかってきたんだな? これも食べるんだぞ! もっと美味しいを感じてくれよ!」

 ジークは感動して自分の分のパンをリズの皿に載せていく。
 仲間の事を思いやるジークらしい行動だ。
 
「当然だな、俺はお前の味方だ。ただ、そろそろレイ兄さんと呼んでくれてもかまわんぞ! べ、別に俺が嬉しいとかじゃなくてだな……」

 レイズは照れくさそうに眼鏡のブリッジを指で押さえ、頬が緩んでしまうのをこらえている。
 
「ん、言わない。レイはレイだから」
 
 彼は片割れのリズの幸せを誰よりも願っているが、さりげなく混ぜた要望はあっさり断られていた。

「すっかり、リズのペースだネ」

 ジークとレイズの様子をニヤニヤと笑いながら見ていたシャオロンは、ここでわざとらしく首を傾げて見せる。
 
「アレ? ナンカ、一人抜けてナイ? ハの付く人が……」

 いやに煽るような口調は、実にシャオロンらしい話の振り方だ。
 食事の手を止めたリズは顔を上げる。

「ハーヴェン、お前はリズをいじめたから嫌いだ」

 リズは瞬時に表情を消すと、ハツの方を無表情で見つめながら不愛想な言葉で殴る。

「ハァ? 俺様もオメェは嫌いさ」
 
 そうまで言われたハツとしても、引き下がるわけにはいかず、面倒くさそうに耳に右手小指を突っ込んで鼻で笑い飛ばす。
 どうにもこの二人は相性が悪い……というよりも、お互いを嫌いあっていた。

 どうやらリズがハツを嫌う理由は、ネクラーノンだった時にいじめられた事が原因らしい。
 思い返せば、数回は殴られている……。

 これ以上は話すことがない、とリズは食事を続ける。
 空気が悪くなりかけた時、いいタイミングでリーダーの明るい声が上がる。
 
「そういえば、シャオロンが作る料理は魚が多いけど、たまには肉も食べたいな!」

 ジークは譲ってもらった分の魚を、もしゃもしゃと食べながら新しいメニューの提案をする。
 
「サンセイさ。肉が食いてぇさな」

 同じく、とハツは手を上げる。レイズは何も言わず優雅に紅茶を飲んで様子を見ている。
 リズは食べていたパンを飲み込むと、料理当番のシャオロンに訊ねた。
 
「リズはどちらでもいい。シャオロンが肉を食べないのなぜ?」

「えー? だって、そんなに美味しいって思わないモンネ」

 浮かない顔でそう言ったシャオロンは、鍋に残ったクリームソースを集めて皿に移す。
 豪快に真っ白なソースにパンを浸けて食べながら、曖昧な返事をするばかりだ。
 
「そもそも、肉は食べ飽きちゃったヨ」
 
「くっ! 肉を飽きるほど食べられる生活……さては君は裕福な家の出身だな⁉」

「言われてみれば、そうカモネ。食べ物はその辺にあったカラ困らなかったヨネ」

「くぅ~っ! 俺はすべての命に感謝して食べるんだぞ!」

 シャオロンは、やれやれと首を振り、ジークは羨ましさで魚をヤケ食いしている。

「その辺にあった、ねぇ……」
「……」
 
 何か知っているようなレイズと無言のハツは、静かに食事を続けている。

「……ある意味、思い出の料理だヨ」

 椅子に背をもたれ、肩をすくめたシャオロンは仲間たちから目を逸らし、目を細めて自嘲気味に笑っていた。
 
「そうだ! みんな、料理当番の時は思い出の料理を作ればいいんだぞ!」

 その変な空気を破ったのは、またもジークだ。
 ジークは胸の前で両腕を組むと、「我ながら名案だ!」と頷く。

「……思い出の料理?」

 思わぬ提案にリズは目を丸くする。
 ジークはまた頷くと、持っていたフォークを皿に置いて仲間を順に見て話す。
 
「そうそう! それぞれが思い出の料理を作れば、いつも同じモノが出てくることはないだろう? シャオロンの負担だって少ないはずだ!」

「確かに、悪くねぇな」

「イイネ! 僕もまだ知らない人間の料理が見てみたいヨー!」
 
「そうさな、俺様が当番の時は肉盛りプレートでも用意するさ」

 レイズが珍しく一発で賛成し、シャオロンも乗り気で、ハツもまた食べたいものを想像している。

「……」

 ワイワイと盛り上がる中、リズは席を立つと仲間に背を向け、窯の中に残しておいた『潰れたナニカ』の形をしたパンを取り出す。
 さすがに失敗作は食卓に出せなかったのだ。
 
 力加減がわからずに投げたので、生地の中の空気が抜けて固くて薄い。
 もはやこれはパンと呼べるのかわからないが、それでも仲間の為に初めて作ったパンだ。
 
 席に持ち帰り、仲間に囲まれて固いパンをかじると、口の中でガリっという触感のあと焦げた風味が広がる。
 リズウェル・ルークには味覚がない。
 
 それでも、これは『おいしい』のだと、確かにそう思えた。

 

 『思い出の料理』 fin.