瓦礫と共に城内に落ちてしまったジークは、バランスを崩しながらも真下にあった部屋へ着地した。
倒壊しかけているレオンドール城の中では、混乱と悲鳴が響き渡り、我先に逃げ出そうとする貴族の姿もある。
それらを横目に辺りを見渡せば、壁に立てかけられた豪華な装飾の剣やよくわからない素材で作られた弓、金色に光る動物の毛皮に煌びやかな宝石、魔法使いが使う杖などが飾られていた。どうやらここは宝物庫のようだ。
「降って来るさぞ!」
すぐにハツが声を張り上げる。
ジークが反射的に見上げれば、崩れてぽっかり空いた天井の奥――。
夜空から降り注ぐのは追い打ちをかける魔法の光。
「させない!」
リズが両手に魔力を集中させ、強固な防御壁を張って防ぐ。それでも雨のように降り注ぐ攻撃に徐々に圧されてしまう。
「何とかこっちも反撃しないと……! フィア、いるなら手を貸して欲しいんだ!」
ジークがそう呼びかけるが、彼女からの返事はない。
焦りを飲み込んだジークが何か使える物はないかと思っていると、レイズが黒い素材で出来た巨大な砲台を見つけて目を輝かせた。
「おい! 見ろこれ……魔砲台じゃねぇか。まさかまだ残ってたなんて……!」
「魔砲台?」
「亜人戦争の時に人間が使った兵器だ。説明してる暇はねぇが、年代モノだぜこれは!」
こんな状況で好奇心に火がついてしまったレイズは、楽しそうに魔砲台を調べ始めた。
この巨大な魔砲台は魔力をエネルギーとしており、砲手の扱う魔法の属性に合ったものが発射される。
暗闇に溶け込む黒い砲身は太く長く、人間が入れてしまうほどだ。
「もし、これが使えたら反撃出来るな!」
どれどれ? と、砲身を覗き込んでいたジークの背中に手が添えられる。
「ジーク、今のうちに傷の手当てを!」
そう言ってジークの背中の矢を掴んだのはハツだ。彼は自分の足にも矢が刺さったまま、先にジークの手当てをしようとしてくれていた。
「手当て?」
だがジークは何のことだ? と首を傾げる。ちなみに背中の矢は刺さったままだ。
「いや、刺さってるさ!」
信じられんさ! とハツは白目をむいた。
「刺さってる? って、あぁ!」
そこでようやく射られた事を思い出したジークは、シャツをたくし上げて見せた。
「いやー、何か当たり所がよかったみたいでな? そんなに痛くないんだぞ!」
そう言って、明るく笑っているジークの背中には、地下牢から逃げる途中で拾って来た絵画が装着されていた。
矢は運よく額縁に刺さり、深手にならなかったのだ。
「何でこんなもん入れてんさ!」
ハツは白目をむいたまま、絵画に手を掛けベリッと剥がして捨てた。
「いやー、逃げた先でお金になると思ったから……」
「こんな趣味の悪いオッサンの絵が売れるかさ!」
「まぁでも、これのおかげで助かったんだぞ!」
ジークも負けじと言い返すが、それ以前の問題だろう……そうつっこんでくれる相手はいなかった。
そんなやり取りをしている間に城の倒壊は進み、ついに壁も崩れ落ちてしまった。
とめどなく撃ち込まれる魔法は、四人だけではなく外壁も狙っており、城の倒壊に巻き込んで始末しようとしている。
ついに耐えきれなくなった水の防御壁にヒビがはいった。
リズは焦りと疲れが顔に出ている。ジークも同じく焦っていた。
「どうしよう、このままじゃ……」
粉塵が舞い、瓦礫が落ちてくる。足元が大きく揺れ、転びそうになった所で対面の屋根の上にレオンドールの姿が見えた。
「わざわざ上ったのかい? ぎっくり腰に注意だぞ!」
不敵に笑うジークは、徐々に追い詰められていく状況にも強がる。
レオンドールは部下を従え、崩れ落ちる城に取り残されたジークと仲間達を見て、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「……」
ハツは表情を引き締め、壁からずり落ちそうになっていた一角獣、ボリスの角で作られた弓を手に取った。
そして、自身の足に突き刺さっていた矢を引き抜き、ゆっくりと番えていく。
力の限り引き絞り、ギシリと弦が鳴る。まだ新しい血が滴る鏃の狙う先にはレオンドールの顔があった。
すぅ、と息を吸い、神経を研ぎ澄ます。
覚悟を乗せた一矢を放とうとした瞬間、矢を受けた軸足が力を失い視界が揺らいだ。
「何をしている! アイツを撃て!」
狙われていると気付いたレオンドールは、すぐにハツを始末するよう命令を下した。
魔法使い達によって召喚された魔法陣が夜の闇を照らす。
目の前が眩い光に包まれ、反逆者を殲滅する魔力の弾丸が降り注ぐ。
一発、二発……無数の攻撃を受けきった水の防御壁は、パァン! と弾け飛んでしまう。
無防備になってしまった隙をついて追撃が襲う。
防御壁を張り直そうとリズが前を向いた瞬間、城壁が崩れ、飛んだ破片が顔にあたってしまった。
すでに限界を迎えていたリズは、顔の傷を再生する力も残っておらず、邪魔な血を手で拭い、髪を結っていた青いリボンを解いて握りしめた。
光が残る空色の瞳に諦めはない。リボンに残していたわずかな魔力を使い、地面に魔法陣を描き分厚い氷の壁を作り出した。
だが、氷の壁では全てを防ぎきる事は出来ない。すぐに割れて崩れ落ちてしまう。
レイズもまた魔砲台にエネルギーを通す為に自分の魔力を使い、足りない分はナイフで腕を切って血を吸わせていた。
ジークは壁に掛けてある剣を握り、自分も戦おうとした。だが、弓を握ったまま動けなくなっている仲間に気付いて駆け寄る。
「ハツ……!」
ハツは痛みに顔を歪め、それでも懸命に立ち続けていた。矢を受けた足からは血が溢れ、力は入らず狙いが定まらない。
それでも、レオンドールを討ちたいという思いだけで立っていた。
震える指先で奴の眉間を狙おうとすればするほど、頭の中でもう一人の自分の声が這い出てくる。
復讐と憎しみが滲み、顔は険しくなっていく。怒りと緊張で息が荒くなる。
あいつを殺せば未練なく死ねる……何を犠牲にしてもいい。あいつを殺す事だけが生きている意味だろう? と。
次第に頭の中の声は大きくなっていき、もうこのまま矢を放ってしまおうとした時――。
突然、足の震えが止まった。
狙いを外さないよう、動かないようにしっかりと掴んでくれる支えがあったからだ。
「ハツ、しっかりするんだ!」
憎しみに手を引かれ、沈んでしまいかけた意識を呼び戻したのはジークだ。
ジークはハツの足が震えていた事に気付き、躊躇いなく瓦礫が散らばる床にしゃがみ、両手で支えてあげていた。
我に返り、周りを見渡せばジークだけじゃない。
リズやレイズも自分が今出来る精一杯の事をやっている。誰一人として諦めていない姿に、ハッと目を覚ます。
なにより、真剣に足を掴んでいるジークの姿に何だか緊張が解れていく。
「――あぁ、そうさな……」
腹の底から深く息を吐き出したハツは、顔を上げ澄み切った表情で弓弦を引き、全ての仇であるレオンドールめがけて覚悟の一矢を放った。
ハツの射た矢は夜風を切り裂き、闇に紛れながらも狙い違わず真っ直ぐに――。
レオンドール王の左肩を貫いた。
頭を外したんじゃない。わざと当てなかったのだ。
今ここでレオンドールを殺せば世界は混乱し、自分達だけじゃなく、囚われている亜人全体が虐殺されてしまうだろう。そうなれば、今よりも状況は悪くなる。
「ドクサレジジイ、テメェを殺すのは今じゃねぇさ」
業火のように燃え盛る復讐心を飲み込み、犬歯を見せて不敵に笑うハツは弓を下ろす。
アインローズの混血児は、全てを奪った人間の王を許しはしない。
ただ、ジークやレイズ、リズのように支えてくれる同胞達の温かさを知っているからこそ、もう二度と他人を犠牲にした無謀な戦いはしないと心に決めていた。
痛みと衝撃で悲鳴を上げたレオンドール王は、部下に支えられながら忌々し気にハツを睨む。
「おのれぇ! アインローズ……!」
ギリギリと歯がみし、肩から流れる鮮血を止め手当てをさせる間、唐突に話を持ち掛ける。
「どうだ、取引をしよう! 今そこの反逆者を捕らえれば、今度こそお前に自由をくれてやる! 西の森の部隊を引き返させ、亜人奴隷も解放すると約束しよう!」
「は……?」
どこからどうみても明らかな時間稼ぎに、ハツは訝し気に眉を寄せる。
「どうする? リズは、条件は悪くない気がする。帰る?」
「いや、そんな簡単に返却せんでくれんか?」
冗談なのか本気なのかわからないリズに、ハツがやんわりとつっこむ。
その横で、立ち上がったジークが険しい顔で首を振る。
「きっと嘘だ。信じちゃダメだ!」
「同感だな。世界の情勢的にそんな事が出来るわけねぇ」と、魔砲台を操作するレイズも続く。
「…………」
すぐに答えず黙り込んだハツは、ジークの肩に手を置くとニカッと笑う。
「確かに、悪くはないさな」
「ハツ……」
ジークはその先の言葉をグッと飲み込む。ハツを信じているからだ。
「さぁ、どうだ? 悪くないだろう……?」
レオンドールは勝ちを確信して嗤うが、次に顔を上げたハツは、金の王に鋭く濁りのない眼差しを向けた。
「悪ぃな! こちとら、性根とアブラの腐ったおっさんより、新鮮でイカれたアホ共の方が好みなんさなァ!」
堂々とそう宣言すると、満面の笑みで親指を下に突き出し己の正義を貫き通すと叫ぶ。
「てめぇは、必ずぶっ殺す!」
これは人間王に全てを奪われた復讐者の宣戦布告だ。
「なん、だと……!」
辺りが一気に静まり返り、これ以上ない最大級の侮辱に、みるみるうちにレオンドールの顔が怒りで赤くなっていく。
「あはっ! あはははっ!」
そんな中、ジークは両手を叩いて大爆笑していた。
「アホなのはお前らだけだろ!」
もちろん、レイズもニヤニヤと笑っている。リズはそんな仲間たちを見ているだけだ。
もしシャオロンがここに居れば、もう一つくらい気の利いた煽りを追加してくれるだろう。
その時、勢いづくAHOU隊を応援するように魔砲台が起動し、本体にルーク家の赤い魔力の線が走る。
「準備出来たぜ!」
魔砲台に乗ったレイズは、動力部に浮かぶ白いパネルを指で操作すると宙に浮かぶ文字を目で追い、最後に『決定』と書かれた箇所を思い切りぶっ叩いた。
すると、古い魔砲台はエネルギーを全体に回し勝手に動き始め、砲身を上に向ける。
弾丸となるのはレイズが込めた、灼熱のルークの純血の魔力だ。
砲身の中で圧縮された炎が一つの塊になり、間もなく第一弾の発射準備が整おうとしていた。
「すごいな! 本当に動いたんだぞ!」
そこへ目を輝かせたジークがやってき、魔砲台に触ろうとしたところで問題が起きる……。
ツルっ!
「オアーッ!」
何がどうなってそうなっているのかわからないが、誤って足を滑らせて砲身の中に落ちてしまったのだ。
人が入れるほど大きな砲身のこの魔砲台は古く、とてもじゃないが一人では抜け出せない。
「助けて欲しいんだぞ! このままじゃレオンドールの所に宅配されるんだぞ!」
必死にもがいて脱出しようとするジークだが、足が引っかかって抜けない。
そして宅配どころじゃないという。
「ヴァーッ!」
「何やってんだ、このバカ!」
「ジーク、落ちた。大変だ」
もはや、どうやっても冷静になれないハツは謎の悲鳴を上げ、ジークを引っ張り出そうと砲台に頭を突っ込んだ。
その後ろをレイズが掴み、最後にリズが砲身にすっぽりと入り込んでしまった。
見事に全員、夜空に宅配ご招待である。
「全員入ってきたら意味がねぇじゃねぇかーッ!」
レイズの渾身のツッコミが炸裂する中、魔砲台の動力部に浮かんでいた文字が無情にも『発射』と表示される。
ピー、という機械の音がした後、一拍を置いて。
「うおおおぉおおぉおおお!!」
勢いよく炎の閃光が上がり、真っ暗な夜空に大輪の花が打ち上げられた。
「魔砲台を扱うなど小癪な……」
唐突に打ち上げられた反逆者を見ていたレオンドールは、踵を返し指示を出していく。
「追いますか?」
「いや、あの高さから落ちたらどのみち生きてはいまい……それよりも聖剣はどうなっている?」
部下の問いかけに嘲笑う彼の興味はすでに変わり、六日後に控えたロディオールの処刑に向けて動き出していた。
火花を散らせ、打ち上げられた炎は儚く消えていく……。
本来、魔砲台から放たれるのは高密度のエネルギー破なので、巻き込まれたら生きているはずがないのだが、今回は動力が威力の低いレイズの魔力というのも幸いしたのだろう。
空高く打ち上げられたジークと三人の仲間達は、レイズが使った魔法の防御壁で守られながら二手に分かれ、空の彼方に飛ばされてしまったのだった……。
