翌朝のガリアンルースの街は、今日も歌と音楽で賑わい、広場ではパレードも行われていた。
大通りには、屋台から出る香辛料や焼いた肉の匂いが鼻をくすぐる。
広場では旅芸人が技を披露し、歓声と拍手が湧き上がっていた。
道には今日を楽しむ人間と、女神の御力で動く機械が行き交い、商人たちは声を張り上げ、道行く人に品を売り込んでいる。
この、毎日がお祭りのような街を仲間たちと歩きながら、ジークは大きく伸びをする。
「さて、今日からこの街での仕事が始まるんだぞ!」
まず、セリオン・ミラナに挨拶をしに行き、そこから本格的に仕事を始めるというものだ。
賑やかな街を歩き、傭兵団の支部に向かう途中、ジークたちは同じエリュシオン傭兵団とすれ違う。
見たところ、数十人だろうか……例の大規模な任務に向かう本隊だろう。
コール、ガード、スペル、トリートの四つの部隊が横へ一列に並んで進む姿は、さすがの迫力があった。
ジークと仲間たちが彼らに会釈すると、AHOU隊よりも年上の傭兵たちは年若い五人を見てバカにして笑う者、まっとうな先輩らしく優しい眼差しを向ける者と、さまざまな反応だった。
あまりの態度にジークは苛立っていたが、エリュシオン傭兵団は実力主義の集団なので、試験に受かりさえすれば人柄なんて二の次だ。
ハツはそれがわかっていたので、気にしないようにと宥めた。
そして、ミラナ支部へと向かった五人だが、セリオンの傍に一人の青年が控えている事に気が付く。
父親であるセリオンと同じく濃い藍色の髪を短く刈り上げ、気難しそうに眉間に皺を寄せている細目の彼の名は、フューリー・ミラナ。
ミラナ支部の副隊長であり、セリオンの息子だという。
歳はジークたちよりも少し上だろうか。貴族の証であるスペルの制服を着ていた。
今日から任務終了日まで、彼がAHOU隊の上司になるという話だが、そんなこと一言も聞いていなかったジークは驚いた。
よりによって、四大貴族のご子息が上司なんて……心底やりづらい。
「初めまして、フューリー……様。今日から指揮下に入るAHOU隊です」
ジークは嫌々ながらも顔に出さないよう、にこやかに挨拶をした。
何とか穏便に済ませようと、無表情がデフォルトのリズと、貴族嫌いのハツ以外は愛想笑いを浮かべている。
そんな五人をジロリと睨みつけたフューリーは、こう言い捨てた。
「……汚らわしい一般民が、私に気安く声をかけるな」
この一言に、AHOU隊の顔から笑顔が消えた。
ジークは、「これはまさか……」と心の中で呟く。そんな五人の顔を見たフューリーは、特にレイズとリズを品定めするように顎を上げて言った。
「それにしても、東のルークがただの兵士としての労働とは落ちたものだな。噂では当主が変わったとか?」
「……はい、父が亡くなりましたので」
明らかに、悪意を込めて見下した態度を取るフューリーに、レイズは静かに答える。
本当は今すぐにも言い返してやりたいが、ルーク家はレオンドールやミラナから仕事を受けて生活しているので、家の立場を考えれば我慢するしかない。
「はは、そうか。お前たちは所詮レオンドール家に頼らなければ生きていけないからな。次の当主が有能であることを願うよ? エリオだったか? 聞いた事がないね?」
フューリーはそう言い、嫌味を込めてレイズの肩を強めに叩く。
言い返せない事がわかっているからこそ、ここまで相手を馬鹿にした事が言えるのだ。
「……ええ、そうですね」
表面上は穏やかにしているレイズだが、自分だけじゃなくエリオが侮辱されている事に苛立ち、やり返せない悔しさを堪えるように拳を強く握る。
「では、よろしくお願いします。フューリー殿」
胸の中の怒りを笑顔で飲み込んだレイズは、大貴族の一員らしく作法通りに恭しく礼をした。
「……」
(これは、なかなかキツイな……)
ジークは四大貴族同士の嫌な部分を見てしまい、気まずさで視線を彷徨わせる。
横を見れば、ハツも同じように天井を見ていた。
シャオロンに至っては、興味深そうにフューリーを見ていた。
レイズもジークを一般民と呼ぶ時があるが、それとこの男の態度は違う。
レオンドールの王女といい、この男といい、どうして貴族はこうも鼻につくのだろうか。
ジークは、心の中で自分に落ち着くよう言い聞かせるが、どうあっても、フューリーといい関係を持てる気がしなかった。
その間にもフューリーは、AHOU隊の五人に向けて話を進める。
「我がガリアンルース本隊は、本日より大規模な任務へと向かう。それにより、お前達には街の奥にある壁の仕事に従事してもらう」
「壁? あの大きな壁ですか?」
聞き返したジークを睨みつけたフューリーは、一般民に話すことはないというように、レイズの前に立ち答えた。
「ああ、壁の向こうでは人手が足りなくてね? 体力だけはある君達にはお似合いだろう?」
重ねられる皮肉にもレイズは動じず、真っ直ぐフューリーを睨み返す。
「我が隊の長はジーク・リトルヴィレッジです。俺ではなく彼に話して下さい」
決して怯まないレイズを睨みつけたフューリーは、忌々し気に話を続ける。
例え立場上逆らえなくとも、正論で殴り返すのがレイズだ。
「話は通しておく。せいぜいよく働いて小銭でも稼ぐことだ」
「はい、行ってまいります」
ジークは、今すぐこの嫌味たっぷりなテンプレート大貴族の横っ面をぶん殴りたくなったが、無理やり笑顔でそう返した。
ともあれ、仕事は仕事だ。
ミラナ支部を出て街に出た五人は、今まで我慢していた分の不満をぶちかます。
「なぁーにが、『汚らわしい一般民』だ! こんな糸みたいな目をしてるくせに!」
振り返り、両手の人差し指で目を引っ張り上げるジーク。
フューリーのいけ好かない態度と顔は関係ないのだが、こうでもしないと気が済まない。
「ソウ? なかなか面白そうなヒトだったネ。デモ、壁の向こうの仕事って何だろうネー」
そう言ったシャオロンの頭の上に紙吹雪が舞い降りて来た。
近くでパレードの演奏の音が聞こえる。
「まぁ、このガリアンルースは、見ての通り平和でほとんど事件がないらしいさからな」
ハツはそう言って頭に乗った紙吹雪を払う。
「その理由も、女神の御力を他の地域に売る事で、街全体の経済が潤っているのが関係しているさ」
「女神の御力って売れるのかい?」
「これだ」
ジークが驚いていると、レイズが近くにある街灯を指さした。
「実際、女神の御力は魔法に近いものだから、ホワイトランド中の生活必需品となってるんだわ。街灯の明かりをつけるのにも女神の御力は使われているし、街を守る大きな門を動かすエネルギーにもなっているからな」
それに、と彼は続けると楽し気にパレードを眺めている人々を見て言う。
「給料も多ければ、人が嫌がる仕事や問題ごとは機械が解決してくれる。そうなれば、下らない争いも減るってやつだな」
「確かに、みんな不満なんてなさそうだもんな……」
街の人々を見ながらジークは納得がいったと頷く。
やはり、ここは全てが理想の街なのだ。
「なら、このホワイトランドは、何をするにもミラノ領の協力なしでは叶わないんだな」
そう言ってニッコリと笑えば、四日間の任務なんてあっという間な気がしてきた。
五人はパレードを見送るとまた歩き出す。
広場に差し掛かったところで、ジークの隣にリズがやってきた。
「ジーク、教えて欲しい」
「ん? どうしたんだい?」
君が質問するなんて珍しいな、と言うジークにリズは首を傾げて訊ねる。
「さっき、あいつにエリオ兄さんが悪く言われた時、ココロが気持ち悪くなった。これはなに?」
「ああ、それは怒りだね」
ジークは、不思議そうに胸に手を当てたリズに答える。
リズの生まれたばかりの感情は不安定で、あの子自身、自分の中に出て来た複雑な気持ちがわかっていない。
きっと、大好きなエリオを侮辱された事で怒りが湧き上がってきたのだろう。
「怒り……これが怒り……」
小さく繰り返したリズは、困ったと眉を下げる。
「リズは、もう家の仕事はしないと決めていたのに、あいつを殺す依頼が来たら受けてしまいそうだ」
「物騒だぞ……。でも、誰かを守る為に戦うことは決して悪い事じゃないんだ」
はは、と苦笑いを浮かべたジークは、リズの前で拳を握って見せた。
リズはジークの拳と顔を順番に見比べると、空色の眼を丸くして言う。
「誰かを守るために戦う……それが正しい人間?」
「俺はそう思ってる。だから、君も守りたいものがあれば戦うといいよ」
ジークはそう言うと、背負っている大鎌の柄をそっと撫でた。
「守りたいもの……」
そう呟いた無表情のリズの周りに、ぽわぽわと水の玉が漂う。
緩く握られたリズの両手が、うっすらと青い光を放っている。これは魔法だ。
透明な水で出来た玉は、術者であるリズの気持ちとリンクするように、次々と浮いていく。
「なんか、魔力が漏れてないかい?」
ジークは顔を引きつらせながらそう言った。
きっと、リズは自分の中で答えを出しながら成長しているのだ。
その証拠に、あの子の形のいい唇が緩んでいた。
一方で、最後尾を歩くシャオロンはあることに気付いていた。
この街は人間で溢れ、亜人も見当たらない。
なのに、どこからか風に乗って亜人特有の匂いがするのだ。
「なんか……おかしいネ」
シャオロンが小さい声でそう言うと、前を歩いていたハツが立ち止まった。
「急に何だい?」
ジークが顔を上げると、目の前には空高くそびえたつ大きな壁があった。
いつの間にか街の奥まで来ていたのだ。
辺りを見渡すと、建物が暗い影を作り、街行く人の姿はなくなっていた。
ここだけ空気が張り詰めたような雰囲気で、壁の向こうでは何かが焦げた臭いもしている。
「……」
ジークは緩んでいた表情を引き締めると、壁を見上げた。
空高く建てられた壁の先は遠く、到底のぼる事は出来ない。
耳をすませば、何かの呻き声と悲鳴、すすり泣く声が聞こえていた。
「ここさな」
静まり返った路地で、威圧感のある壁を背にしたハツの声が響く。
彼は、異変に気付いた四人の仲間たちに向けて言う。
「ここが、機工都市ガリアンルース。理想の都の裏側さ」
そう言ったハツの顔に影が落ちる。
「ハツ、君はこの街のことを知ってるのか……?」
言いようのない不安に襲われたジークが聞くと、唐突に壁の一部がドアのように開いた。
「フューリー様から話は聞いている。早く入りな」
狭い隙間から顔を覗かせた男に言われるまま、ガリアンルースの壁の中へと入る。
一番最初にハツ、レイズ、リズと進んでいき、次にジークが足を踏み入れると薄暗い通路に出た。
光が反射してよく見えないが、おそらくこの先が勤務地なのだろう。
「なかなか暗いぞ……」
妙に錆びた鉄の臭いがする通路を進もうと、ジークが前に出たその時――。
薄暗い道の奥から、誰かが走ってくるのが見えた。
真珠のような白い肌に美しい銀糸の髪、服装は乱れているが、背中から映える白い羽毛が光を反射して綺麗だった。
「あ、じん?」
「!」
思わずそう呟けば、後ろにいたシャオロンが反応した。
有翼亜人である彼女は、ジークたちの姿を見ると足がもつれそうになりながらも走り、涙で濡れた顔を引きつらせ「キィー!」と、鳥のような甲高い声で叫んだ。
「な? なんだい⁉」
「知るか!」
彼女が何を言っているのかわからず、戸惑うジークとレイズ。
人間には亜人の言葉はわからない。その言葉は、ただ一人。シャオロンに向けて叫ばれたものだった。
「ジェファ族……!」
シャオロンは弾かれたように顔を上げ、前に立っていたジークを押しのけて前に出た。
人間が人間だとわかるように、亜人同士はお互いを見て同胞だと見分ける事が出来る。
きっと彼女は、シャオロンが同胞であることに気付いて駆け寄って来たのだろう。
細く白い手を精一杯に伸ばしている。
だが、近付くにつれ彼女は顔を引きつらせ、足を止めてしまう。
そうだ。亜人であるシャオロンの傍には人間がいる。
両手で顔を覆ったジェファ族の少女は、絶望に染まった瞳を細め、透明な涙を流す。
「……ッ!」
シャオロンはすぐに走り出した。
「どうしてここに亜人が……?」
飛び出して行ったシャオロンを追いかけ、ジークも走る。
彼女が亜人だとか人間だとか、そんな事じゃない。
ただ、ジェファ族の女の子が心配だったからだ。
こちらに気付いた少女は白い手を伸ばす。
だが、彼女の腕は二人に届く事はなかった。
か細くしなやかな腕は空を切り、力なく倒れた身体は地面に伏した。
少女の喉は矢で打ち抜かれており、口から掠れた呼吸音がしていた。
喉を押さえ、必死に息を吸おうとする彼女だが、見開いた目から一筋の雫を落としたまま、何かを言おうとした所で力尽きてしまった。
生気を失った目と、ジークの目が合う。
「あ……あぁ……」
シャオロンは両腕で自身の頭を抱え、ガタガタと体を震わせた。
目の前で同胞が殺されたのだ。その恐怖は計り知れない。
こんなに怯えて蹲る彼の姿を見るのは初めてだった。
「シャオロン……」
ジークは彼に何と言ったらいいのかわからず、言葉に詰まっていると、通路の奥からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
