第57話『解放組織』

「ハ、ハツー!」

 感激したジークは身をよじらせ、すぐにハツに助けを求める。

「落ち着けさ。この亜人らは俺様の同胞、仲間なんさよ!」

 そう言ってこちらをチラリと見たハツが亜人たちに何かを説明すると、ようやく彼らは落ち着きを取り戻していくが、人間に対する疑いの眼差しはそのままだ。

「……さて、急に放ったらかしにして悪かったさな! 先に話は通しておいたさが……ちょっくら、どういう反応をされるのか見てみたかったんさ!」

 悪びれることなく笑顔でそう言ったハツは、ナイフを取り出してジークとシャオロンの縄を切っていく。

「ハツ! これはどういう事だい? レイズとリズも自由にしてくれよ!」

 手足が自由になったジークがそう言って詰め寄ると、亜人たちはまた興奮してザワついた。
 人間の言葉がわからない彼らにとって、ジークの態度は得体が知れないのだ。

 不満ながらも状況がわかってきたレイズは押し黙り、リズも視線を落とす。

 ハツは縛られて口を塞がれたままの二人を見ると、亜人たちに落ち着けと言葉をかける。
 そうしてゆっくと首を横に振り、真っ直ぐジークを見つめて人の言葉で言う。

「アイツらは魔法使いさ。この中には貴族に家族を奪われた奴もいるからすぐには放せない。理解してくれさ」

 理解してくれ、と言われた言葉が胸に苦く広がる。
 ここでもやはり、種族間の壁が立ち塞がるのだと気付かされる。
 亜人にとって、個人がどうだという事は関係ない。

「……でも、二人は他の貴族とは違うじゃないか……」

 ジークは、それ以上何も言えず黙り込んだ。
 彼らにとって人間という生き物は悪だ。その中でも魔法を使う貴族に対して憎悪が一番深いのもわかっている。

 例え、レイズやリズが直接手を下していなくとも、住処と家族……なにより尊厳を奪った『人間』を憎んでいる。

 初めから友好的だったシャオロンが特別で、この反応が本当なのだ。
 俯き、口を閉ざしたジークにハツは真剣な表情で話を続けていく。

「……ジーク、ここは亜人の種族を越えて集まった戦士たちの隠れ家。亜人が人間へ対抗する為に作った奴隷の解放組織さ」

「亜人の……って、じゃあどうして人間の俺たちをここに連れて来たんだい……?」

 驚いて顔を上げたジーク。ハツは亜人たちから離れ、そんな友人の前に右手を差し出してきた。

「……俺様は、この亜人解放組織のリーダーをしている。無謀にも立ち向かう姿を見て、オメェなら何か出来るんじゃないかと思った。共に協力出来んか?」

「なっ……! 亜人解放組織って、君がかい⁉ そんなの、まったく気付かなかったぞ!」

 驚いたジークは思わず声を裏返してしまう。
 第一、亜人の中でそういった動きがあるなんて聞いた事がない。

「わっはっは! 予想通りの反応で面白れぇさな! 俺様は亜人さ。オメェらを信用するまで隠してたに決まってるさろ!」

 大げさに肩を揺らして笑うハツは、驚いて口を開けたままのジークに話す。

「俺様は、人間世界の内側から亜人を解放する為に、エリュシオン傭兵団に潜入してるんさ」

 そう言ったハツは、ずっと浮かない顔をしているシャオロンの肩を叩くと、種族の言語で亜人たちに彼を紹介する。
 すると、今まで頑なにシャオロンを拒んでいた亜人達の表情が和らいでいくのが見えた。

「シャオロンも。もうオメェは一人じゃねぇ、ここには同胞がいる。安心するさな」

 そう言うと、ハツはニヤリと笑う。

「ハツ……! 僕、こんなに同胞が生き残ってるなんてびっくりしちゃッテ……」

 嬉しさで涙ぐんだシャオロンは、ハツが亜人に説明した言葉の意味がわかり、一瞬表情を明るくするもすぐに顔を伏せた。

「デモ同じ亜人なのに、みんな僕のコトを人間の手先だっテ疑ってたのはどうしテ?」

 そう言って、彼は悲しそうに大きくて丸いブラウンの瞳を伏せた。
 苦笑いを浮かべたハツは、周りを囲む亜人たちの表情を見ながら頷き返す。

「そりゃそうさ。自分でも気付かねぇだろうが、オメェは人間の中に混ざりすぎた。すっかり人間のにおいがついちまってる。そのせいか、誰もオメェの種族がわからんので警戒もすんさろ!」

 ジークやレイズ、リズにもわかるように、ハツも人間の言葉を使って話した。

におい? ……ソッカ、もうそんなに経つんダ……」

 シャオロンはポツリと呟くと複雑そうに微笑んだ。

「ここ居るのは人間を憎む亜人ばかりさが、気のいい奴らさ。俺様はお前らを信じて一緒に亜人の未来を切り開いて行きたい。もちろん、無理強むりじいはしねぇ。断るならすぐに森の外まで送ってやるさな」

 同胞である亜人たちを背に、ハツはジークに語り掛ける。
 伸ばされた右手はそのままで、誘う言葉端には思いやりが隠れていた。
 それでも、おそらくこの誘いを断ればハツとは別れることになるだろう。

 ジークはハツの目を見ると、彼の後ろにいる亜人たちの視線を受け止めながら、物怖じせずゆっくりと口を開く。

「……まだあんまり実感がわかないけど、君たちに関わる事で平和のけ橋になれるのだとしたら……こちらからお願いしたい」

 そう言うと一拍置き、「でも……」と続ける。ここからは建前も耳障りのいい言葉もナシだ。

「協力するのなら、レイズとリズの二人も信用して欲しい。君たち亜人が特に貴族を憎んでいるのは知っている。でも、酷い人間ばかりじゃないんだってわかって欲しいんだ……!」

 真っ直ぐ、目を逸らさずにそう言ったジークは、無意識に両手の拳を握り込んだ。

「ジーク……」

 シャオロンは、ジークの堂々とした姿に見とれて思わず名前を呼んだ。
 ジークはどんな時も自分に正直だ。それで損をすることがあっても、自分自身に嘘はつかない。

「ふむ……」

 友人の思わぬ言葉に驚いたハツは、胸の前で腕を組み、言葉の意味を頭の中で整理し頷く。
 前々からハツは貴族が嫌いだと言っていた。

 それは人間から見た貴族の事だと思っていたが、ハーフ亜人の彼はきっと、今まで口には出せない辛い思いをしてきたのだろう。

 だから、仲間内でもルークの双子とはあまり話さず、いつも一歩下がった所に居た。

「俺はあの二人を信じている。だから、君も仲間を信用して欲しいんだ」

 けれど、ジークはそれをわかっていてこう言った。受け入れてもらえるかはわからないがこれは本心だ。

「……」

 深く息を吐き出したハツは、顔から表情を消してジークを見ていた。
 かと思えば、すぐにスイッチが入ったように表情を明るくすると、両手を叩いて笑い出した。

「ハハハッ! オメェはやっぱり面白れぇさな! そりゃそうさな、よしわかった!」

 ハツの明るい笑い声が洞窟内に反響し、亜人の一人から鉱石を削って出来たナイフを受け取って大股で踏み出した。

「お、おい……ハツ!」

 そのまま呼び止めるジークの肩を無言で軽く叩き、縛られて身動きが取れないレイズの前に立つ。

「……ッ!」

 レイズは顔の前に突きつけられたナイフを見て、動揺する感情を押し殺してハツを見つめる。

「俺様はハーフさから、半分はオメェらと同じ人間さ。だから、言い分はわかるんさ」

 そう話すハツの深緑眼はどこか悲しそうに見える。
 彼は、鈍く輝くナイフでレイズの縄を切ると、片割れの身の危険を感じて殺気立っているリズも解放してあげた。

 レイズは自由になった手ですぐに口縄を外すと、胸いっぱいに息を吸い込む。

「……ッ、ハッ! これでやっと息がしやすくなったわ!」

「……」

 リズも同じように自由になるとハツを睨みつけた。

「――!」

 人間の貴族が解放されたことで、亜人たちはまた騒ぎ始めたが、ハツは何も言わず視線で黙らせた。

 基本的に亜人は群れのリーダーに従う。だから、それぞれ疑問や不満を抱えながらも口を閉ざしていく。
 シャオロンも亜人の言葉で、敵ではないと懸命に訴えている。

 ジークには何を言っているのかわからないが、二人とも人間である自分達をかばってくれているのだろう。

「そうさ、俺様はオメェら貴族がずっと大嫌でぇきれぇだった……でもオメェらは、俺様が知るクソみてぇな貴族とは違う。人間が悪い奴ばかりじゃねぇのもわかってる」

 ぼそりと言ったハツは、わざと同胞に見えるよう、居心地が悪そうにしているレイズの肩に腕を回した。

「やめろや! お、俺らは中立だから人間や亜人なんて関係ねぇよ」

 いきなり肩を組まれたレイズはどうしていいのかわからず、とりあえず照れ隠しに悪態を付く。

「そうさ、友情に種族なんて関係ねぇんさよ! オメェらは俺様の仲間だ!!

 そんな人間の友人にニヒヒ、と犬歯を見せて笑ったハツは声高々と宣言し、ジークに向けてサムズアップして見せた。

「ハツ……!」

 ジークは驚きつつも緊張していたのがほぐれ、本当に嬉しくなってニッカリと笑う。
 そしてすぐにルークの双子の腕を掴むと、ハツとシャオロンも加えて綺麗に整列した。

「……? どうしたんさ?」
「エ? ナニ?」

 いきなりの事で驚いている亜人の仲間二人と、人間の二人にサッと目くばせをした。

「俺は、弱い人間です。でも、いつか必ず人間と亜人が幸せに暮らせる世界を作りたいと思っています!」

 ジークは、何を思ったか亜人たちに真剣な目つきを向け声を張り上げると、驚いているハツとシャオロンを見て続ける。

「あなた達の家族の二人は人間の俺を信用し、友人になってくれました。平和に種族は関係ないのだと思いたい……」

 そこで一旦、言葉を止めたジークはレイズとリズを手で指した。

「そして彼らは俺と同じ人間であり、貴族です。けれど、亜人奴隷を持たない一族なんです……だから、どうか俺達を組織の仲間として受け入れてもらえないでしょうか……」

 臆する事無く凛としてそう言ったジークは、突き刺さる視線に耐えることを選んだ。

 何も言わずこのまま解放組織に協力しても、誰もジークを責めたりはしない。
 けれど、人間としてどんな時でも胸を張って生きていきたいのだ。

「……負けねぇのが強いんじゃねぇ、何があっても諦めず最後に立ち上がれるヤツが強いんさ」

 ハツはそんなジークの背中を強く叩くと、亜人達に今の言葉を伝え始めた。

「……ありがとう、ハツ……!」

 ジークは、じわりと込み上げた熱い涙をこらえると手の甲で目元を拭う。
 不安はいつも付きまとう。それでも、止まらないと決めた心は震えていた。

 勇気は、いつも小さな炎のように心の底で燃えている。

 群れのリーダーであるハツが人間であるジークやレイズとリズ、シャオロンを受け入れたのだと理解した亜人たちは、それまで様子を窺っていたのをやめ、顔を見合わせると突然弾かれたように大声で歌い踊り始めた。

 あっという間に洞窟の中は賑やかな歌と踊りに包まれ、あんなに敵対していた亜人たちは、ジークの手を取ると踊りの輪の中に放り込んでしまった。

「おわぁあ! 足がっ、足がもつれる……っ!」

 何が何だか踊りの振り付けもわからず、もはや振り回されているだけのジークは、足をバタバタと動かしながら引きずられている。

「おー! どうやらアイツらもオメェらを認めたみたいさなァ!」

 ハツが愉快だと大口を開けて笑い、近くにいた亜人の青年と肩を組んで何か話すと、彼らは顔を見合わせ楽しそうに笑い声を上げる。

 ハツは、あまり自分から話をして笑わせたりはしない。
 けれど、亜人かぞくに囲まれ冗談を言って笑う姿は、年相応の少年だった。

「……いや、認めるの早すぎだろ……」

 ハイテンションなノリについていけないレイズが、離れた所で気だるげに岩肌にもたれて踊りを眺めていると、ご機嫌なシャオロンがやってきた。

「亜人はリーダーに従うっていうルールがあるんだケド、一度仲間と認めた相手はトコトン歓迎するんだヨネ! スキンシップも多いノ!」

 こんなに大勢の同胞に会えた彼は、レイズの近くにあった切り株の椅子へ腰かけると、嬉しそうに声を弾ませる。
 こんなに楽しそうにしているシャオロンはあまり見ないが、今まで野良の亜人に会う事が少なかったのだ。当然だろう。

「それにしちゃ、信用するのが早すぎねぇか?」

 レイズは苦笑い交じりに言う。するとシャオロンは眉を下げ、小さく笑いながら答えた。

「亜人は純粋で、騙すくらいなら騙された方がイイと思うんだヨ。イリアス神の教えで、誠実でいれば魂がキレイなまま死ねると思っているカラ。だから、人間に騙されて負けちゃったンダ」

「……そうか」

 レイズはそれだけ答えると眼鏡のフレームを指で押し上げた。
 沈黙が周りの音を大きくしていく。

「……ネェ」

 先に話を切り出したのはシャオロンだ。
 彼は、レイズを横目で見ると探るように目元を険しくした。

「僕の正体を知って黙っているのはどうして? 今ここで話せばこの解放組織は崩れるヨ。ガリアンルースに居る時だって、僕を突き出せば四大貴族家としての地位も上がったと思うんだケド……?」

 冷たく、現実を語る声だった。喧騒が遠くなり、虫の声が耳にうるさい。

「……」

 何も言わないレイズが目線を流すと、洞窟の外でリズが亜人の子ににじり寄っているのが見えた。

 本人は一緒に遊ぼうと思い、魔法で氷の人形を作っているが、いかんせん無表情がデフォルトなので思いっきり怖がられていた。
 親の亜人からは不審な目で見られ、子供を遠ざけられてしまう。

 レイズは、思わず「ブフォッ」と笑ってしまった。

「……そうだな、なんでだろうな?」

 何か言いたげに真顔でジッと見てくるリズに手を振ると、柔らかい表情のまま言葉を続ける。

「俺は、リズが一人でも平気になるまで傍で見守ってやるつもりだ。アイツはまだ不安定で、自分の事もちゃんとわかってねぇガキだからな」

 そう言って目線を片割れへ戻せば、諦めずに別の若い亜人の近くに寄ったリズは、武器を持っていないことを表す為にマントを脱ぎ、魔力で氷像を作って見せていた。

 一つ目の亜人の子と自分の姿を模して作った氷の像をそれぞれ動かして見せれば、亜人は一つしかない大きな瞳を輝かせて笑う。

 最初は魔法に怯えて隠れていた亜人の子も、おそるおそる近付いてきた。
 大人の亜人にだって、リズに悪意がない事はわかっているのだろう。
 ハラハラしながら見ていても、今度は子供を遠ざける事はしなかった。

 言葉が通じず、無表情ながらも楽しそうにしているリズの姿を見ていれば、レイズは他の事はどうだっていいと思えたのだ。

「悪いが、俺にはジークの野郎とは違って正義だなんだっていうモンはねぇよ」

 疑い、探るようなシャオロンを見下ろしたレイズは、照れることなく淡々と言う。

「ただ、アイツがお前に懐いてるから……人間と亜人が手を取り合うのがリズの好きな世界なら、それを守ってやるだけさ。俺は兄貴だからな」

 そう言って、レイズは満足そうに微笑んでいた。

「……なにそれ、ヘンなの……」

 普段の思慮深い彼らしくない話だ。
 シャオロンは顔を伏せるとフッと笑い返したのだった。